02.夫の様子がおかしいです
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夢に、ジュリアンルートのとある一場面が出てきた。
落ち込むエリシャを、ジュリアンが外に連れ出し、星空を見せて励ます場面だ。
いつもは平静を装っているエリシャだが、本当は、実の家族とバラバラになってしまった事について、寂しさとやるせなさを感じていた。
傾いてゆく実家を助けることができず、成す術も無く見守る事しかできなかった自分を、責めていたのだ。
ジュリアンルートは、そんな彼女の心の傷に触れるお話だ。
「――また、エルヴェシウス卿の事を考えているのかい?」
「え、ええ。夢に出てきたから……」
今は、オリア魔法学園に向かう馬車の中。窓の外を眺めつつ、夢で見た光景を思い出していると、不意にノエルに声を掛けられた。
夫はいつも通りの麗しい笑顔を浮かべているのだけれど、今はどこか不機嫌さが滲んでいる。
心なしか、窓の外に広がる空も夫の昏い笑みのように怪しくなっており、今にも雨が降りそうな様子だ。
「ノエル、あのね、もうすぐ学園に着から……離れてくれない?」
「馬車が停まったらね」
「……」
本当に、学園に着いて馬車が停まれば離れてくれるのだろうか。
その言葉が信じられないくらいに、ノエルは私の腰に手を回してしっかりと拘束――抱きしめている。
馬車に乗り込んだ時からずっとこの調子で、腕が疲れてしまうのではないかと、心配になる。
それに、こんなにもしっかりとくっつかれると、いささか呼吸しづらいのだ。もう少し、腕の力を緩めてくれないだろうか?
ノエルの腕を叩いて抗議して見ても、ノエルは何を勘違いしたのか、はたまた、わざと気付かないふりをしているのか、ただ口元に微笑みを浮かべるだけで解いてくれない。
「そんなに……、私がジュリアンの夢を見た事が嫌なの?」
「ああ、妻が夢の中で自分以外の男と会ったのだから、不安になってしまうよ」
「私が望んでみた訳ではないわ。夢は不可抗力だもの」
事の発端は、昨夜見た夢にある。どうやら、私が寝言でジュリアンの名前を呼んだらしく、拗ねているのだ。
朝起きた時から隙あらばくっついてきて、おかげで、義家族や使用人たちから生暖かい眼差しを向けられてしまった。
ノエルにも言った通り、夢は見ようと思って見られるものではないのだから、大目に見てほしい。
「いいこと? 夢の内容はいつもと同じ、ウィザラバに関する事なのよ? 私はただ、エリシャの視点で成り行きを見守っていただけだわ」
「ああ、わかっているよ」
「えっと……、それなら、そろそろ放してもらえるかしら?」
「それとこれとは話が別なんだ。理解していても納得できない事があるだろう?」
と、圧のこもった笑顔で反論してくる。おまけに、腕に力を込めて更に強く抱きしめられてしまう。
このままだと、朝礼はもちろん、授業までこの状態でついて来そうだ。
(どうにかしないといけないわね。このままついて来られると、またもや生徒たちが噂話を広めてしまうわ)
そうなると、授業中も休憩中も放課後も、生徒たちが冷やかしてくるものだから、落ち着けないのだ。
穏やかな労働環境を維持するためにも、ノエルには大人しく離れてもらおう。
「レティが前世で好いた相手なのだから、なおさらだよ」
「言い方に語弊があるわよ」
「概ね合っているだろう?」
「私の『好き』とノエルが言う『好き』は、意味合いが異なるのよ」
まずは誤解を解かなければならない。ジュリアンはあくまで続編の推しであって、幸せになってほしいけれど、それ以上の感情はないという事を知ってもらおう。
「彼に対する気持ちはね、劇団の俳優や好きな作家を応援したくなる気持ちと同じなのよ」
「応援したくなる、気持ちと同じ……」
「そう。ノエルもそう思う相手は居るでしょう? 想像してみて?」
ノエルの誤解を解き、推しについてさらに理解を深めてもらう為の、いい作戦を思いついたわ。
その名も、【イマジネーションで誘☆導作戦】!
言葉で説明しても共有することが難しい事だから、身近な事柄で想像してもらおう。
「例えば、ノエルがよく論文を読んでいる論文の作者――宮廷魔術師団のソラン団長が講演会を開けば、聴きに行きたくなるでしょう?」
「確かに、まあ、興味を覚えるね」
「でしょう? それに、ソラン団長が遠征に行くと聞いたら、応援したくなるでしょう?」
「遠征の成功を願いたくは……なるかな」
「そうでしょう? 私がジュリアンに想う『好き』は、その感覚と似ているのよ!」
「なる、ほど……」
腑に落ちたようで、抱きしめる力が少し緩められる。誤解が解けたようで、しめしめと内心ほくそ笑んだ。
「エルヴェシウス卿への想いはよくわかったよ。ところで、私の事はどう思っているんだい?」
「え? ノエルの事?」
「ああ、改めて教えてくれないか?」
頬を微かに染め、期待を込めた眼差しを向けてくる。紫水晶のような瞳はいつになくキラキラと輝いており、私を捕らえて離さない。
まるで魔法をかけられてしまったかのように、ノエルから顔を逸らせないのだ。
つくづく、夫の美貌はもはや最強の武器だと思う。
「ノエルは同じ推しを共有出来て、一緒に現場に来てくれる、善き同担よ!」
「どう、たん……」
「今はノエルが一緒に推し活してくれるから、前よりももっと楽しく推し活ができて嬉しいの!」
「それ、まだ続いているのか……」
ノエルはまた腕の力を強め、私を引き寄せてしまう。
「善き夫であろうと努力しているのに、何故か同担止まりになっている気がする……」
私の首元に顔を埋めると、小声で呪文を呟き始めた。
こっそりと馬車を降りようとしたけれど、ノエルの腕がしっかりと腰に巻きついている所為で、立ち上がれなかった。




