閑話:次の企み(※ノエル視点)
膝枕をしようか、とレティが提案してきたものだから驚いた。
以前のレティなら、このような提案をしなかっただろう。少しずつだが確実に、レティと一緒に夫婦の道を歩んでいる実感がした。
(……嬉しさのあまり、妙な表情になっていなかっただろうか?)
我ながら呆れてしまうが、レティの事となると、どうにも上手く表情や感情を制御できない。
表情を隠すように目を閉じていると、レティの鼻歌が聞こえてくる。
優しい声音が心地いい。
レティの手が頭を撫でてくれる感覚もまた、心地いい。
――この時間が、永遠に続けばいいのに。
そのような、叶わない願いに、縋りたくなる。
「ノエル……もしかして、寝てしまったの?」
「いや、起きているよ」
「静かだから、眠ってしまったのかと思ったわ」
「二人きりの時間を、眠って潰してしまうなんて惜しいじゃないか」
「眠って休息する事も大切よ?」
瞼を開けると、レティと視線が合う。優しい色の瞳が見守ってくれており、得も言われぬ充足感を覚えた。
今だけは私だけを見て、私の事だけを考えてくれている。その実感に胸が満たされる。
「レティと一緒に居れば休息になるよ」
「あら、私は治癒師としての才能が発現したのかしら?」
おどけてみせるレティの頬が、微かに赤くなっている。少し照れている表情も可愛い。
レティの存在がどれだけ私の心を助けてくれているのか、わかってくれたらいいのに、ともどかしく思う。
思いの丈をそのままぶつけてしまえば、レティは恥ずかしがって逃げてしまうのだ。
「……もう少し、慣らさないといけないな」
「なっ……何を?!」
「何だと思う?」
レティの顔色が真っ蒼になっていく。恐らく、彼女の生徒たちの事を考えているのだろう。
私は、レティの事しか考えていないというのに。
「も、もしや、また生徒たちを国外に出そうとしている?」
「また、生徒たちの事か」
仕事熱心な妻は、二言目には生徒たちの事を話すものだから、生徒たちには妬いてしまう。
レティが四六時中生徒の事を考えるのであれば、もう一人くらい、攻略対象とやらを国外に出してしてもいいのかもしれない。
「そんなつもりは無かったんだけれど」
「じゃあ、何なのよ?」
「レティの事を考えていたんだよ。どうしたら、レティが恥ずかしがらずに告白を聞いてくれるのか、ね」
愛している、の一言では表せられない気持ちを抱えていることを、知っていて欲しい。
レティの言葉や、些細な仕草に愛おしさを感じて、日々どうしようもないくらいに膨れ上がるこの気持ちを、いつも持て余しているのだから。
どうか、生徒たちに向ける視線をもう少し、私にくれないだろうか?
「生徒の事を考えるのはお終いだ。ここに居る間は、私以外のことは考えないでくれ」
「ま、全く……我儘なんだから。世間では、こういう我儘を何と言うのか知っている?」
「束縛、だろうか?」
「正解よ、この確信犯め」
レティの指が私の額に近づき、突如として痛みが走った。
「――っ、レティ?」
「確信犯はデコピンの刑に処すわ」
「でこ……ぴん……?」
「前世の世界では一般的だったお仕置きの手段よ」
不意打ちが成功して機嫌がいいようで、勝ち誇ったような表情で説明してくれる。
そのような表情もまた、可愛らしくて見惚れた。じっと見つめていると、レティは微笑んで私の額を撫でてくれる。
その手に頭を寄せると、レティが小さく笑った。
「ふふ、ノエルったら、猫みたい」
「まさか、ジルの姿を重ねているのか?」
たまに、レティに撫でられて気持ちよさそうに目を細めているジルを見かけることがある。
猫のように扱われることが苦手なジルが大人しく撫でられるなんて、珍しいと思っていたが、そんな彼でも大人しく撫でられてしまう理由が分かった気がした。
「ええ、そうね。ジルのような――人慣れしない猫の姿を思い出したわ」
「……それ、どう捉えたらいいんだ?」
「好きなように解釈したらいいわ」
人慣れしない猫。そう聞いて思い出すのは、これからレティと対峙することになるであろう、とある魔術師の事だ。
――ジュリアン・エルヴェシウス。
魔術師家の一つ、エルヴェシウス伯爵家の三男。そして、若くして宮廷魔術師団の団長であるアレクシア・ソランの右腕に上り詰めた人物だ。
普段はあまり表舞台に出て来ないため、まだその姿を見たことがない。
噂によると、人外の美しさとも喩えられる美貌の持ち主らしい。
任務中、彼に惚れた妖精たちによって、妖精の国に連れて行かれそうになった事が幾度とあるそうだ。
一つ、気掛かりな事がある。彼は感情表現が苦手なようで、一見すると冷たい印象を受けると聞いたことがあるらしい。
(レティが好みそうな人物だな……)
ここまでは表向きの情報だ。公にされていないが、彼はエルヴェシウス伯爵が禁忌の魔術により生み出した実験体とも噂されている。
以前、ローランと共に行動していた際に掴んでいた情報であったが、まさか、今また彼の名前を聞くことになるとは思わなかった。
彼とレティに繋がりができてしまうとは由々しき事態だ。
「ノエル、なんだか元気がないけど、どうしたの?」
「ああ、オルソンたちの事を考えていたんだ」
「みんな、今頃はこの街を観光しているかもしれないわね」
「……そう、だね」
どうしても、レティの事となると、平静を装えない。レティの話では、彼はもうすぐ、オーリク先生の代理として、オリア魔法学園の魔法応用学の臨時講師になるのだ。
彼はエルヴェシウス伯爵家で実験体として扱われていたらしく、人間との接し方に難がある。その為、ソラン団長は彼に人間との接し方を学ばせるために、オリア魔法学園で教鞭をとるよう命令するらしい。
レティの職場に、彼が来てしまう――。
「レティ……その、続編では、どの攻略対象を好いていたのかな?」
「う~んと、ジュリアンね。無口でクールなところがカッコいいもの」
「……」
「ノエル? どうしたの?」
やはり、エルヴェシウス卿はレティの好みと一致するらしい。
そのような人物がレティの職場に現れるとは、やはり耐えがたものがある。
……オーリク先生がまたギックリ腰にならないよう、手を回しておこうか。
ノエルはひと先ずレイナルドにお願いして、オーリク先生を見守ってもらうことにしました。




