06.ナルシスト先輩の反省
※第八章を全体的に修正しました。
物語の大きな流れは変わっていませんが、キャラクターのセリフに不自然な点がいくつかありましたので修正しております。
魔力を暴走させてしまった少年は、リアのアドバイスによって、どうにか魔力を安定させることができた。
炎のドラゴンたちは鎮火され、ルーセル一家が総出で魔術を使い、荒れたパーティー会場を整えた。
そして、ガーデンパーティーが再開された。
「何事もなかったかのように元通りね。あっという間に直したから驚いたわ」
「ああ、さすがはルーセル家の魔術師たちだ」
「ところで、なんだけど」
再び和やかな雰囲気になったパーティー会場で、私はとある問題に直面していた。
「私はそれほど魔力を消費していないから、座っていなくても大丈夫よ?」
「結界を維持する傍ら、子どもたちを守るために別の魔法の準備をしていたのだろう? 絶対に疲れているはずだから休んだ方がいい」
過保護な夫が、私を椅子に座らせて見張っているのだ。
このままでは、他の招待客たちと話せない。
「あ、喉が渇いたから何か飲み物を――」
「そこに居る使用人に頼もうか」
「……むぅ」
飲み物が欲しいと思えば、言う前に使用人に言いつけて持ってこさせ、ケーキを取りに行こうとすれば、ノエルが先に取りに行ってしまう。
ノエルが言う通り、大掛かりな魔法を使っている間に別の魔法の準備をしていると、確かに魔力と体力がそがれてしまう。
だけど、立っているのもままならないほどの疲労ではないのだ。
「本当に、何ともないのよ? せっかくのパーティーなんだから、座っているだけだと勿体ないわ」
「もしもこのまま無理をして倒れたら、しばらくは屋敷に閉じ込めて安静にしてもらうよ?」
「ご、ご冗談を……!」
「いいや、本気だからね?」
爽やかな笑顔で、恐ろしい事をサラッと言ってくる。おまけに、目が笑っていない。
紫水晶のような瞳の奥で、得体のしれない影が揺らぐ錯覚が見えた。
眼差しから本気度が伝わり、ノエルなら本当にやりかねないと思ってしまった。
「リアたちの様子を探りたいのに、このままじゃできないわ」
「心配いらないよ。――ほら、向こうから来てくれている」
「え?」
ノエルの言葉に驚いて視線を動かすと、リアとナルシス、そしてルーセル師団長がこちらに向かってくる。
驚いて見守っていると、ナルシスが一歩前に進み出た。
「先程はありがとうございました。お二人が防御魔法でこの屋敷を守ってくれたのだと、祖父から聞きました」
「大したことはしていませんよ。それよりも、ナルシスさんたちが無事でよかったです」
「リアのおかげでどうにか事態を収拾できました。私だけではあの少年の不安を増長させてしまい、魔力切れを起こさせていましたでしょう」
だけど、とナルシスは言葉を続ける。
「お恥ずかしながら、先生とお話ししていなかったら、リアに任せていませんでした。リアは魔力を調整できないから、任せるべきではないと思っていたはずです」
「私との話、ですか?」
「はい。リアが作った回復薬が人の役に立ったと、教えてくれましたよね? その事を聞いて、ルーセル家の人間として大切にしていた心構えを思い出したのです」
ナルシスの話によると、ルーセル家の人間は王国の平和に貢献すべく魔術を極めているらしい。
「周囲の人々に力を見せつけるのではなく、助ける為に力をつける。――それこそが、ルーセル家のあるべき姿なのだという事を、ファビウス先生の言葉のおかげで思い出せたのです」
そう言って、バツが悪そうに微笑むナルシスを、ルーセル師団長が肩を叩いて励ます。
「お前は周囲の目を気にするあまり、家族と家門を蔑ろにしておった。そうして家族の間に深い溝ができれば、ルーセル家を没落させようと目論む連中に付け込まれてしまう――結果として、お前は何もかも失うかもしれなかったのだぞ?」
「……反省しております。本当に守らなければならない人たちを、守れていませんでした」
「お前が守らねばならないのは家族だけではない。我が家門は魔術でノックス王国を支えてきた一族だ。我々が消えれば勢力図を書き換える為の内部争いが起こり、ノックス王国の平和が脅かされる可能性がある事を、心しておきなさい」
ナルシスは粛々と反省の言葉を口にすると、「リアを見習わなければなりませんね」と付け加えた。
「お、お兄様が私を?」
「そうだ。リアはあの少年の心に寄り添って向き合っていたから、あの子はリアの言葉を聞いてくれただろう? 私だけではきっと、あの少年を助けられなかっただろうね。私は相手の気持ちに寄り添うことができなかったから」
「そ、そんなことないよ! お兄様はどんな事でも最後までやり遂げられるもん!」
リアが慌ててフォローする。
それでも、ナルシスはゆっくりと首を横に振り、「無理だっただろう」ともう一度告げた。
そして、苦し気に顔を歪める。
「あの子の怯えている顔を見た時、かつてリアが魔力を暴走させた時の事を思い出したんだ」
魔力を暴走させてしまったリアがどのように苦しんでいたのかも知らず、周囲の目を気にしてばかりだったと、悔やんでいるのだと言う。
「これまでリアが抱えてきた苦悩を知らないまま、己の価値観をぶつけ続けて本当にすまなかった」
「お兄様……」
リアは躊躇いながら、両手でナルシスの手をそっと包み込む。
「お兄様はずっと、高みを目指して努力を重ねていて……そんなお兄様がカッコいいから、憧れているの」
そう話す彼女の姿を見ていると、ゲームの画面越しに見た悪役令嬢の姿を思い出してしまう。
「お兄様のように魔術を使いこなしたいから……お兄様ともっとたくさん、魔術のお話をしたいな」
「リアの為ならいくらでも話すよ。今日はパーティーの後で時間を取ろう」
「本当に?!」
ナルシスの提案を聞いて、リアの表情がぱっと明るくなった。
(よかったね、リア……)
兄を尊敬し、それと同時に彼に拒絶されることを恐れ、彼の瞳の先を追っていた少女が、今は兄と一緒に微笑み合っている。
かつて、ゲームの中のリアが切望していた未来を前にして、感慨深い気持ちになった。
「ううっ……目から汗が出てきたわ」
「レティ、それは汗ではなく涙なのでは?」
「いいえ、汗よ。そう思わないと、涙が止まってくれそうにないもの」
「……やはり泣いているではないか」
必至で耐えていたのに涙腺は崩壊寸前で、涙のせいで視界が滲む。
慌てて拭おうとすると、ノエルがハンカチでそっと拭ってくれた。
「ああ、ナルシス様たちには妬けるな」
ノエルがそう呟く声が、耳元に落ちてきた。




