02.ルーセル兄妹
「わあっ! ソムニオの花が咲いているわ! あの花からは予知夢を見る薬が作れるの!」
ルーセル侯爵邸に着いた私たちを、庭園にあるソムニオの大樹が迎えてくれる。
この大樹は希少で、ノックス王国ではこの庭園にしかない。
「レティはルーセル家の庭園が好きだね」
「ええ、珍しい薬草や花があるから見ていて楽しいのよね」
「これまでに参加したパーティーの中で、一番楽しそうにしているよ」
この休暇中、私とノエルは休む暇なくパーティーに参加していた。
なぜなら、貴族たちはこの休暇中にパーティーを開き、新しい国王に対する意見交換や、各家門の動向を掴むのに勤しんでいるのだ。
大切な情報収集の為、気乗りしない行事だが、参加している。
侯爵夫人として、そして、推しに関する情報を集めるためにも、できるだけの情報を集めたいから。
(今朝の夢のことは気になるけれど……、今日のパーティーは親しい家門が多いから嬉しいわ)
ルーセル家が仕事で付き合いのある家門を招いたようで、魔術師家として名高いのモーリア家のブレーズ様や、カスタニエさんの姿もある。
そして、攻略対象の一人で、リアの兄でもあるナルシス・ルーセル――通称、ナルシスト先輩の姿があった。
「あ、ナルシスト先輩が居る!」
「なるしすと?」
「リアのお兄さんにつけられたあだ名よ」
完璧主義という設定通り、ナルシスは所作も表情も美しく、非の打ちどころがない。
おまけに、攻略対象らしい圧倒的な美貌とオーラを兼ね揃えていて、存在感がある。
「さすがはナルシスト先輩ね。髪や肌の手入れも余念が無いわ。遠目から見てもわかるくらい綺麗だもの」
ナルシスは自分にも他人にも厳しいキャラクターだ。
礼儀や魔術の腕前はもちろん、己を美しく見せる為、美容の維持も徹底している。
だからこそ、それらをおろそかにしている人が許せないのだ。
そんなナルシスを、ウィザラバのプレイヤーたちは『ナルシスト先輩』と呼んでいた。
ゲームの中で、何度も手鏡を取り出して髪の乱れを確認していたことが印象的だった為だ。また、名前の響きが「ナルシスト」と似ていることも理由の一つだ。
「彼の隣にはリア嬢が居るね」
「ええ、今日はいつもと雰囲気が違うわね。大人っぽくて素敵だわ」
リアは今日のパーティーに合わせて淡くくすんだ色のドレスを着ており、花の精霊のように美しい。
学園ではポニーテールのような髪型をしているが、今日は下ろして緩く編み込んでおり、侯爵令嬢らしい気品を感じさせる。
ゲームの中のリアはいつもツンとした表情だったが、今目の前に居るリアはぎこちないながらも笑顔で招待客たちと話をしている。
「リアとナルシスは、まだまだギクシャクとした雰囲気ね」
「そうだね。リア嬢がナルシス様に怯えているのが見て取れる」
ノエルが持って来てくれたジュース入りのグラスに口を付けつつ、リアとナルシスを観察する。
「この世界の二人は、和解できたらいいのだけど……」
ゲームの中では、二人の仲は最悪だった。ナルシスは最後まで、リアを認めてあげなかったのだ。
そのため、両親と祖父を失って傷ついていたリアは、兄に見放されて、心を壊してしまった。
寝る間も惜しんでマナーや教養を身に付けても、「魔法を使いこなせないから」という理由でナルシスに認めてもらえなかったのだ。
それなのに、ナルシスは転校してきたヒロイン――エリシャに惚れて彼女に夢中になってしまったから、リアはエリシャに嫉妬心を抱いたのだ。
悲しいことに、そうしてエリシャに嫌がらせをしたのが原因で、破滅の末路を辿ることになる。
「最近は魔力を上手くコントロールできるようになったから、ナルシスがその変化に気付いてくれると思ったんだけど……、上手くいってくれないものね」
「リア嬢の成長を証明できる機会が必要だね」
今のナルシスは一時帰国中で、この特別休暇が終わればまた、留学のためにディエースに戻るだろう。
ゲームの中とは違い、両親やルーセル師団長が存命だから、卒業までは留学を継続するはずだ。
(ゲームの抑止力が働かなかったら、の話なのだけれど……)
この先、何が起こるのかはわからない状況だから、油断はできない。
「ナルシスがディエースに戻るまでの間に証明できないかしら?」
「そうなると、今この場でリア嬢に魔法を披露してもらうしかないね」
「う~ん、こんなにたくさん人がいると、リアが緊張してしまいそうね」
どうしたものか、と考えを巡らせていると、ナルシスの青い瞳が動き、こちらを見た。
「あ、ナルシスと目が合ったわ」
「私たちの視線に気づいたようだね。研ぎ澄まされた感覚を持っているようだから、父君や祖父君に負けない優秀な魔術師になりそうだ」
「わわわっ、こっちに来るわ」
ナルシスは、ルーセル師団長と二言三言ほど言葉を交わすと、モデルのお手本のような美しい微笑みを浮かべて目の前までやって来た。
彼が近づいてくると、仄かに薔薇の香りが辺りに漂う。どうやら、身に纏う香りにまで気を遣っているようだ。
かっちりとしたジャケットが彼の華やかさをさらに高めている。
思わず、赤い薔薇を持っていると似合いそうだな、と考えてしまった。
「初めまして、ファビウス侯爵夫人。いつもリアがお世話になっています」
「あら、初めまして。リアさんのお兄さんに会えて嬉しいわ」
「私もです。妹がオリア魔法学園で上手くやっていけているのか、聞きたくてなりませんでしたので」
ナルシスの後ろには、青白い顔をしたリアがついて来ていて。
まるで、処刑されるのを待つ罪人ような、絶望に似た空気を漂わせている。
「学園での妹の様子を、詳しく聞かせていただけますか?」
「望むところです」
「……レティ、まるで勝負に挑むような返答になっているよ」
もちろん、最大限の力でナルシスに挑むつもりだ。
リアの笑顔を守る為に、そして、ナルシスとリアの関係を改善してバッドエンドから彼らを守る為にも、リアの努力と成長を知ってもらいたいから――。
「リアさんは、私の自慢の生徒です」
繁忙期がまたやって来まして、(そして、黒幕さんの同人誌の原稿がありまして……)更新がゆっくりになってしまいますが、コツコツと執筆していきますので、更新をお待ちいただけますと幸いです。
今後とも黒幕さんをよろしくお願いいたします……!




