15.夫が困惑しています
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――『王笏は、真の国王を選んだようですね』
理事長の呟きは、まるで、王笏がノエルを国王に決めたことで安堵したような、そんな言い方だった。
「どう、して……?」
理事長の顔を盗み見ると、珍しく微笑みを浮かべている。
ゲームの中の理事長は次の王が決まるのを望んでいなかったから、よもやこのような反応をするとは思ってもみなかった。
理事長は、王族を途絶えさせることが、先代の国王や王族たちへの復讐になる、と考えていると考えていたはず。
なぜなら、ゲームでは、理事長との最後の戦いが始まる前に、彼自身によってその考えを告げられたから――。
「――ファビウス侯爵が触れたら魔法石が輝いたぞ」
「――そうね、あんなに真っ黒だったのに、今は透明に戻っているわ」
「――あの王笏は、触れたものが王に相応しいと輝くのだろう?」
周りに居る貴族たちの囁き声が耳に届く。
彼らはノエルと、ノエルが手にしている王笏を交互に見ている。
驚きと、懐疑と、好奇心が綯交ぜになっている眼差を向けているのだ。
(もしかすると、理事長の真の目的は――ノエルに王笏を触らせること、だったのかしら?)
理事長がこの状況に満足しているということは、理事長の真の目的は、やはり、王族の没落なのかもしれない。
王族ではない人物――ノエルが王笏に認められたことで、貴族の中には王族への忠誠心が揺らぐ者が現れるだろうから。
「ノエル、大丈夫?」
魔法石を見つめているノエルに声を掛けると、ノエルは静かに頷いて応えてくれる。
(いつもより表情が硬いわ。きっと、困惑しているのね……)
突然、王笏がノエルを国王と認めて輝いてしまったのだから、困惑するのも無理はない。
すると、急に騎士たちが前に出て来て、私たちの周りにいる人たちを左右に分けて道を作った。
「ファビウス侯爵、どうぞ前に進んでください」
一歩前に出て来て声を掛けてくれたのは、フレデリクだ。
どうやら、フレデリクが機転を利かせて道を作ってくれたらしい。
「みなさーん! 襲撃犯は騎士団が連行しますのでご安心くださーい!」
軽い調子の声が聞こえてくると、オルソンが犯人を縄で縛り、セザールや同僚の騎士たちと一緒に、夜の間の外へ連れ出した。
きっと、今から取り調べをするのだろう。
「サラ、こちらに来て! 怪我をされた方が居ますわ!」
「わかったー!」
イザベルとサラの声が聞こえてきた。
振り返ると、イザベルが一人の貴婦人の体を支えている。
サラがすぐに駆けつけ、怪我を治療した。
彼女の側にはディディエも居て、他にもけがをした人は居ないか呼びかけているのだ。
「ここは俺たちがなんとかするので、王笏を頼みましたよ」
フレデリクはそう言うと、私たちが前に進むように促す。
「ノエル、一緒にアロイス殿下に王笏をお渡ししましょう?」
「ああ、そうだね」
ノエルの手を握ると、ノエルは優しく握り返してくれる。そして、二人でアロイスに歩み寄った。
アロイスは夜の間の奥にある玉座の前に立ち、私たちを待ってくれている。
今日の戴冠式の為に用意した、特別な装飾を身に纏っている姿が凛々しくて。
「……っ、アロイス殿下……、立派になって……!」
ゲームにはなかった、推しの晴れ姿を実際に見ることができて、感慨深く思う。
今日のアロイスの服は白を基調としており、金色のボタンや刺繍を部分使いして彩っている他に、銀糸の刺繍も施されていて豪華だ。
マントの裏地にはアロイスを象徴する深い青色。そして、カフスボタンや胸につけているブローチには――イザベルの瞳の色を彷彿とさせるような黄色の宝石が嵌めこまれている。
(尊い……! この姿を何とかして心に焼きつけたい……!)
それなのに、感涙のせいで視界がぼやけてしまう。
「レティ……」
ノエルは何か言いかけたものの、口を噤んでしまった。
そして、上着のポケットから取り出したハンカチで、そっと涙を拭ってくれる。
「アロイス、戴冠式を邪魔する者は片付けておくから、心配しないでくれ。――改めて、この度は即位おめでとう」
ノエルは私とアロイスにだけ聞こえるような小さな声で囁くと、王笏をアロイスに手渡した。
王笏はアロイスの手の中で、仄かな光を宿している。
どうやら、王笏はアロイスのことも国王に相応しいと認めたようだ。
王笏の光を見て安堵した。
「ファビウス先生、そして――兄上、心からお祝いしてくださってありがとうございます。今日、二人が私の為に奔走してくださったことや、私の為に祝ってくださったことを支えに、国王を務めます」
アロイスもまた、私たちにしか聞こえないような小さな声で囁くと、柔らかく微笑んだ。
そして、王笏を片手に持ったまま、私とノエルを抱きしめてくれた。
「ううっ……、頑張り屋のアロイス殿下のこと、ずっと応援していますからね……!」
初めてゲームをプレイした時から大好きだった推しのアロイス。
この世界に転生したことに気付いてからは、彼が生徒として近くに居た日々が夢のようだった。
成長していく彼を、見守ることができたから――。
「私はこれからも、あなたの幸せを願っているわ」
「――私も、ファビウス先生とファビウス侯爵の幸せを願っております」
本当は、アロイスに伝えたい言葉はたくさんあったのに、言おうとすると、ノエルに止められてしまった。
「レティ、もう行くよ。このままだと戴冠式ができなくなってしまうからね」
そう言って、私を抱き上げて強制的にアロイスから引き離したのだった。
◇
その後、お義父様たちの部隊に助け出された大神官たちがやって来て、戴冠式がつつがなく行われた。
アロイスは大神官に王冠を被せてもらい、晴れてノックス王国の国王となった。
その様子を見届けた私たちは、今、王城の外にいる。
念願の推し活をしている最中で、アロイスがバルコニーから平民たちに手を振っているのを見守っているのだ。
「くっ……アロイスが眩しい……!」
バルコニー付近には、宵闇の中でもアロイスの姿がよく見えるように、魔法でいくつものカンテラを浮かべている。
それがまた、アロイスを幻想的に見せていて、最高の演出だと思う。
「レティ、目を閉じていると全てを見逃してしまうよ?」
「そうね。アロイスの晴れ姿を心に焼き付けなきゃいけないわ!」
「……レティ……」
ノエルは眉尻を下げて、困りっているような、笑っているような、複雑な表情を見せた。
「ノエル? もしかして、何か困っていることがあるの?」
「ああ、そうだね。妻が他の男に夢中になっているから困っているよ」
「前から言っているけど、推しへの愛は恋とは違って――」
反論しようとすると、ノエルの指が唇に触れた。
ゆっくりと表面をなぞった指先が、顎に下りてきてそっと掬い上げる。
「浮気ではないとわかっていても、嫉妬してしまうから困っているんだよ」
そんな言葉が聞こえてくると同時に、唇が触れ合った。
いつも読んでくださってありがとうございます。
第七章は本話にて完結です。
明日、ノエル視点の閑話をお届けします。
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これからも黒幕さんをよろしくお願いします!




