14.秘密の場所
本日二話目です!
壁の内側に入ると、薄暗い部屋が現れた。
窓一つないけれど、不思議と明るい。
部屋の中央を円形に囲むようにして、意匠が凝らされた大きな柱が並んでいる。
私とノエルは、誰にも気づかれないように柱に身を隠した。
「この部屋が王笏の保管場所のようだね。保存魔法が施された魔術具がある」
「王笏を奪って、みんなをここに閉じ込めているのね。早く助け出さないといけないわ」
柱の向こう――部屋の中央には襲撃犯らしき人物が五人居て、捕らえた神官や騎士たちを見張っている。
そのうち一人は神官の制服を着ている。
彼は大神官を捕らえて、その喉元に刃物を当てて、他の神官と騎士たちを脅しているのだ。
そして、大神官を捕らえている襲撃犯の手には、短剣と一緒に王笏も握られている。
「王笏も彼らの手の内にあるね。とてつもなく強い魔力を感じるから、本物だろう」
「うっ、とことん悪い状況ね」
王笏は金色で、頂点に嵌めこまれている魔法石を囲むようにして装飾が施されていて美しい。
しかし、魔法石の色は真っ黒で、そのためか不気味さを感じさせられる。
「――さっさと動け! 言うことを聞かないと、この男の命はないからな!」
大神官を捕らえている襲撃犯が大声を張り上げた。
抵抗しようにも、騎士たちは武器を取り上げられており、手も足も出ない状態のようだ。
「早く魔術を発動させろ! お前たちなら、空間転移くらいすぐにできるだろ!」
空間転移は強い魔力と高度な技術を必要とする魔術だ。
自分たちではできないから、神官たちに魔術を発動させて逃げるつもりのようだ。
「このままだと王笏を持って逃げられてしまうわ。さくっと突撃して奪い返しましょう!」
「え?」
ノエルがコテンと首を傾ける。
「えっと……突撃ではなく、飛び込むと言うべきかしら?」
「どちらも危険だよ。魔術が発動すれば、どこに転移するのかわからないのに」
ノエルが言う通り、襲撃犯たちが転移魔法でどこに行こうとしているのかはわからない。
それでも、今は何とかして王笏を取り返すのが先だ。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、よ。今ここで踏みとどまっていたら王笏を取り返せないわ!」
「こけ……? それは前世の言葉なのかい?」
「ええ、前世で使われていたことわざよ。意味は――」
ノエルにことわざの意味を教えようとしていると、神官たちが呪文を詠唱し始めた。
部屋の中央に光が現れ、襲撃犯たちの体を包む。
「時間が無いわ。今すぐ飛び込むわよ!」
私たちは柱の陰から出て光の中に飛び込んだ。
◇
「あら? 王城の中のようね?」
転移魔法の光が消えると、豪奢な装飾が施された廊下に立っている。
窓の外には夜空が広がっており、満月が姿を現わしている。
もうすぐで、戴冠式が行われる時間になってしまう。
式が始まるまでに王笏を取り返さねばならない。
「襲撃犯たちの目的地がここだなんて……何を企んでいるのかしら?」
「王城で偽物にすり替えるつもりだろうか?」
ノエルは顎に手を添え、思案を巡らせる素振りを見せつつ、魔法で襲撃犯たちを拘束していく。
「あ、一人逃げたわ!」
王笏を持った襲撃犯が、足をもつれさせながら走って逃げてしまった。
「追いかけて捕まえよう」
「悪いけど、私を置いていってくれるかしら? 今日のドレスと靴だと、走りずらいから追いつけな――んぎゃ!」
ノエルは何も言わずに私を抱き上げてしまった。
しかも、よりによってお姫様抱っこだ。
これだとノエルも早く走れないだろうに。
「絶対に置いて行かないよ。レティから離れたくないからね」
「~~っ、緊急事態くらい柔軟に対応しましょう?!」
抗議してみたけれどノエルは聞いてくれなかった。
私を抱っこしたまま走り、襲撃犯を追う。
「すごい! 追いついたわね!」
こんな状態では追いつかないだろうと思っていたのに、私の予想に反して、ノエルは襲撃犯に追いついた。
襲撃犯はちょうど、夜の間の前に居て、扉の前で警備している騎士たちと睨み合っているところだ。
「くそっ! 揃いも揃って、俺たちの邪魔をしやがって!」
襲撃犯が魔法で騎士たちを吹き飛ばすと、その衝撃で夜の間の扉が開いた。
夜の間には既に、戴冠式に合わせて貴族たちが集まっていた。
みんな、襲撃犯の登場に驚いたようで、騒めいている。
「うぐっ! アロイスの正装姿が眩しい……!」
大広間の奥にはアロイスが居て、先程まで貴族たちに話をしていたようだ。
すると、理事長が颯爽と現れ、襲撃犯の前に立ち塞った。
「――その手に持っている物をこちらに渡しなさい。ノックス王国にとって大切な日に騒ぎを起こすとは、許しがたい行いだ」
「え……り、理事長?!」
何が起こっているのか、すぐには理解できなかった。
理事長はマルロー公たちと裏で手を組んでいたはず。
それなのに、今、理事長は仲間であるはずの襲撃犯を捕まえようとしているのだ。
「その身をもって罰を償え」
彼は呪文を短く詠唱し、拘束魔法で襲撃犯の身動きを封じた。
王笏が襲撃犯の手から落ちて、床に転がる。
ゴトッと、鈍い音がした後、静寂が落ちる。
(どうして、理事長が襲撃犯の邪魔をしたの?)
そんな事をしても、彼にはメリットがないはずだ。
理事長は王族を恨んでいて、王族に復讐するために、今回の戴冠式を邪魔しようと目論んでいたのだから。
自分の手で自分の計画を狂わすなんて、おかしい。
彼は一体、何がしたいのだろうか。
「大切な王笏が落ちてしまいました」
理事長は体を屈めて杖を拾うと、ノエルに差し出した。
「この王笏を、相応しい人物に渡してください」
「……かしこまりました。アロイス殿下にお返ししましょう」
ノエルがそう答えて触れた途端に、王笏の頂点にあしらわれている魔法石が光を宿した。
「魔法石の色が変わった――?!」
先程まで真っ黒だった魔法石の色が、黒い霧が晴れるように、透明へと変わってゆく。
そして、夜空に浮かぶ月のように輝き、ノエルの顔を照らした。
「王笏は、真の国王を選んだようですね」
理事長が呟く声が聞こえてきた。




