13.緊急事態
ノエルと一緒に神殿に駆けつけると、入り口でカスタニエさんとカスタニエさんの部下らしき騎士を見つけた。
二人とも負傷してボロボロで、カスタニエさんは助け起こしてもらっている状態だ。
カスタニエさんたちは魔法で攻撃されたようで、辺りは火炎魔法で焼かれた跡がある。
「カスタニエさん! 大丈夫ですか?!」
「申し訳ありません……神官たちに突然襲われ、不届き者たちの侵入を許してしまいました」
「気に病まないでください。神官が攻撃してくるなんて、想像すらできない事態ですから」
私たちは先手を打ったと思っていたけれど、実際は理事長たちに先を越されていたらしい。
(それとも、神官たちの中にアロイスの即位に反対する人がいるのかしら……?)
いずれにせよ、彼らが神殿から王笏を盗み出すのを阻止しなければならない。
私は魔法を使い、お義父様に手紙を送った。
今ここで起こっていることの報告と、治癒師を送ってくれるようお願いを書き込んだ。
「カスタニエさんたちはここで治癒師の到着を待ってくださいね。私とノエルは中の様子を見てきます」
「ありがとうございます。部下たちが中に居ますので、彼らを頼ってください」
「わかりました」
神殿の中に足を踏み入れると、異様な静けさに嫌な汗をかく。
今は戴冠式の準備で一番忙しい頃合いのはずなのに、どこを見ても人影がないのだ。
本来なら神官たちや、カスタニエさんの部下の騎士たちが居るはずなのに。
「変ね。誰も居ないわ」
「気配がないのも妙だ。魔法か魔術で隔絶された空間にいるのかもしれない」
「それって、みんなが閉じ込められているって事?」
「ああ、その可能性が高いだろう」
予想していたよりも更に不穏な展開になっているような気がする。
神官や騎士たちが無事なのか心配になる。
彼らだけではなく、王笏の事も気掛かりだ。
相手は戦闘を仕掛けてくるだろうし、取り返せるのは不安なのだ。
歴戦をくぐり抜いてきたカスタニエさんでさえ敵わなかった相手に、私が対抗できるのだろうか。
「大丈夫。奴らの思い通りにはさせないから安心して」
そんな囁きが聞こえてくると、ノエルに抱きしめられた。
そして、ノエルはどさくさに紛れて頭にキスしてくる。
「い、いきなり何なの?!」
「レティが不安そうにしていたから、元気になるように回復魔法をかけただけだよ?」
ノエルが言っていることは比喩であって、実際に魔法をかけているわけではない。
つまり、私たちは傍から見れば、ただイチャイチャしているだけだ。
「~~っ、緊急事態なんだから、ふざけないで!」
恥ずかしくてノエルを叱ったけれど、不本意ながら、ノエルのおかげで先ほどより不安が薄れたのは事実。
「……ありがとう。少し、元気になったわ」
「どういたしまして」
照れくさくて、バツが悪くて、ぶっきらぼうに言ってしまった。
それにも関わらず、ノエルは嬉しそうだ。
「さ、さあ、気を取り直していくわよ!」
神殿のさらに奥へと進むと、ノエルがグウェナエルの像の前でぴたりと足を止めた。
白い石膏で作られた像のグウェナエルは、片手に王笏を持っている。
「ここから複数の魔力を感じる。……もしかすると、この中に人がいるのかもしれない」
「そうは言っても……この像の後ろは壁しかないわよ? どう見ても、人が居そうにないわ」
「壁の後ろに隠し部屋があるようだね」
と、ノエルは何かに誘われるかのように、像の後ろにある壁に手を伸ばした。
ノエルの指先が触れると、壁の向こうに消えてしまう。
本当に、隠し部屋があるらしい。
認識阻害や空間操作など、複数の魔法を組み合わせて、この先にある何かを隠しているようだ。
「本当だわ……。この先はどうなっているのかしら?」
「おそらく、神官と騎士たち――それに、襲撃犯たちも居るはずだ。すぐに攻撃できるように備えておこう」
「ええ、緊張するわ」
リアルバトル必至の敵が控えているのだから、緊張するなと言うのが無理な話だ。
手に人の字を書いて飲み込んだら、少しはましになるだろうか。
「どんな攻撃魔法からもレティを守るから安心して」
「ありがとう。だけど、ノエル自身も大切にしてほしいわ。ノエルが怪我を負うのは嫌よ」
「大丈夫。攻撃されるよりも先に、レティの気を煩わせた者たちに罰を下すつもりだからね?」
「ノ、ノエル、悪役のような顔をしているわよ?」
ノエルから真っ黒なオーラを感じてしまい、頬が引き攣った。
今日の夜にもう一話更新する所存です!




