10.さて、推し活の時間です
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今日は人生で一番大切な日。
推しの戴冠式の日だ。
「お嬢様、ファビウス家のメイドを差し置いて私を呼ぶのはいかがかと思うのですが?」
と、いう訳で、ベルクール領から呼んだソフィーに身支度をしてもらっている。
もちろん、ファビウス家のメイドたちと一緒に。
「これは験担ぎよ! ソフィーが身支度してくれると、すべてが上手くいくような気がするもの!」
「まったく……。侯爵夫人になられて少しは落ち着かれたかと思っておりましたのに。以前にも増してお転婆になられているようで、ソフィーは心配でなりません」
気遣わしい声で話しているが、その手は容赦ない。
力強くコルセットを絞めつけてくるのだ。
おかげで、内臓が飛び出すかと思った。
「――ですが、侯爵家の方々に甘やかされているようで安心しました。大切にしていただいているのですね」
「ええ、みんな本当によくしてくれているの」
「お嬢様、ソフィーもお嬢様を大切に想っていることを、忘れないでくださいませね」
ソフィーは勘がいいから、今回もまた私が何かしようとしていると気づいているのかもしれない。
例え気付いていても、彼女は止めずに応援してくれる。
何があっても、私の味方でいるから――。
だから私は、不安なことがあるとソフィーを呼んでしまう。
「さて、そろそろファビウス侯爵にお嬢様をお返ししなければなりませんね。もうすぐで嫉妬されてしまいそうです」
「身支度してもらっているのに嫉妬なんてしないわよ」
「お嬢様は鈍感すぎるのです。あんなにも執着されているのに嫉妬はしないとお考えとは、理解に苦しみます」
「いきなり突き放すのやめてくれない?!」
ファビウス家のメイドに助けを求めると、彼女たちはうんうんと頷いてソフィーに同調している。
孤立無援で泣きたくなっているところに、ノエルが現れた。
身支度が終わったから、メイドが呼んでくれたらしい。
「レティ、今日は一段と魅力的で、眩しさに眩みそうだよ」
「あ、ありがとう。ノエルの方こそ、今日の服がよく似合っているわ」
今日の戴冠式に合わせて、ノエルと一緒に服の打合せをしていた。
同じ生地や色を使って、お揃いのデザインにしているのだ。
初めて一緒に行った舞踏会でお揃いのデザインにして以来、ノエルはパーティーやお茶会の度に、お揃いのデザインにしようと提案してくる。
私はドレスに拘りがないからその提案に乗ったのだけど――。
二人で出席するたびに噂になり、「いつもお揃いのラブラブ夫婦」と称されるようになってしまった。
「そのシフォン素材が柔らかさを出しているから、レティの髪の色に合っていて優美さがさらに引き出されているよ。それに――」
そして、正装した時に恒例の、褒め殺しタイムが始まってしまう。
このまま放っておくと、ノエルは延々と私を褒め続けるのだ。
褒められるのに慣れていないし、ソフィーとファビウス家のメイドたちがニヤニヤして見守っているのが耐えられない。
「お、お世辞はいいから、行くわよ!」
ノエルの手を繋いで、逃げるようにしてお屋敷を出た。
◇
王宮に到着すると、どこもかしこもアロイスを象徴する青色の装飾でまとめられている。
これが公式(王室)によるアロイスの装飾。
アロイスの為だけに用意されたアロイス専用のステージ。
絶対に目と心に焼きつけなければならない。
「……レティ、頬が緩んでいるよ……」
「ハッ……! わ、私としたことが! アロイスのイベントに浮かれているわ!」
「いべんと?」
「アロイスが一番輝く晴れ舞台ということよ! 人生で一番大切な――んぎゃ!」
尋ねたのはノエルなのに、ノエルは抱き上げて邪魔をしてきた。
「ノエル! いきなりどうしたのよ?!」
「どうしたと思う?」
「わからないから訊いているのに!」
「レティはそろそろ、私がどれほど嫉妬深いか思い知った方がいいよ。他の男のことで『人生で一番大切』なんて言われたら、さすがに黙っていられないね」
「ひぇっ!」
今日はやたらと嫉妬というワードが飛び出してくる。
人生で一番大切な推しの戴冠式がある日に、不穏な言葉を使わないでもらいたい。
ただでさえ、不穏な展開が予測される戴冠式なのだから。
「と、とりあえず、降ろしなさい! このままじゃ、作戦通りに動けないでしょう?」
「寧ろその方が好都合だよ。本当は、レティを危険に晒したくないからね」
そう言いつつ、ノエルはゆっくりと地面に降ろしてくれた。
「でも、レティの願いは絶対に叶えるよ。一緒にアロイスの戴冠式を守って、その後は存分に推し活とやらをしよう」
「いいえ、推し活はもう始まっているわよ!」
推しを愛でて応援するのが推し活だ。
アロイスの為に全身全霊で挑む所存!
「張り切っていきましょう――って、どうして手を繋ぐのよ?!」
「レティが迷子になってしまうといけないから」
「私は子どもか!」
心配性の夫が、手を離してくれない。
周りはみなエスコートしてもらっているのに、私たちは子どものように手を繋いでいる。
そんな状態で、推し活(推しの戴冠式がつつがなく終わるように暗躍しつつ推しの晴れ舞台を鑑賞する)が始まってしまった。
ノエルはレティがドレスを誂える時は必ずついて行って、短くても一時間は褒め続けるそうです。
白熱すると詩的な比喩表現を駆使し始めてしまうので、「ワインソムリエの講評か!」と内心つっこむレティなのでした。




