06.特別休暇とそれぞれの事情
アロイスの即位を記念して、戴冠式の前後は特別休暇となった。
その間、私は侯爵夫人として戴冠式に出席することになっているから、学校のことは他の先生たちにお願いすることにした。
「それでは休暇の間、生徒たちをよろしくお願いしますね」
すると、ルドゥー先生は胸を張り、「お任せください」と元気よく応えてくれる。
「ファビウス先生は侯爵夫人のお仕事、頑張ってきてくださいね」
「あ、ありがとうございます……」
これから始まるパーティーや社交のことを思うと気が重い。
(戴冠式の後の舞踏会が憂鬱なのよね……)
社交の場の空気は未だに苦手だ。
うわさ話や嫉妬妬みが少なからず顔を覗かせてくるものだから。
それでもたまに、卒業生たちが活躍している話を聞けるようになってきたから、最近は楽しみにしていることもある。
嫌な会話は、前世でモンスターペアレントを相手にした経験を活かして上手く流す所存だ。
(頑張るのよ、私! 上手く乗り切ったらノエルと一緒に推し活ができるんだから!)
アロイスの正装姿を拝むのをご褒美に乗りきるしかない。
そう自分を奮い立たせた。
◇
場所は変わり、教室へ行くと生徒たちがわいわいと話している。
話題は専ら、特別休暇の過ごし方についてのようだ。
特別休暇の間は実家に帰る生徒と――、実家に帰らない生徒がいる。
(エリシャとリア以外のメインキャラクターたちはみんな、学園から離れるようね)
バージルは第三王子として、ゼスラとイセニックはルドライト王国の来賓として戴冠式に出席するのだ。
そのためか、一カ月前から彼らの元に王宮から遣わされたデザイナーや針子が来ていた。
「エリシャ、何か欲しいものはあるか? 王都に行くついでに買いに行くからよ」
「え、でも、あの……わたくしなんかに、気を遣わないでください」
「べ、別に気を遣っているわけじゃねぇよ。退屈な式典の暇つぶしに出掛けるだけだから何か言え」
素直じゃないバージルは、お留守番のエリシャが気になって仕方がないらしい。
おそらく、仕事で忙しい養父母に配慮して学校に残ることにしたエリシャが、寂しい思いをしないか心配しているのだろう。
「――おや? ルーセル殿、いったいどうしたんだ?」
今度は、ゼスラが気遣わしく声を掛けるのが聞こえてくる。
何があったのだろうかと見てみれば、顔色を真っ蒼にしたリアが力なく机の上に倒れている見えた。
「お、お兄様がディエースから一時帰国するんです。きっと時間を見つけてここに来る……と思うと緊張してしまって……」
「離れていた兄と再会できるのはいいことではないか」
「え、えっと……まあ、そうですね」
「おい、お前! ゼスラ様に言いたいことがあるならハッキリ言え!」
どうやら、一時帰国したナルシスが次期当主として戴冠式に出席するようだ。
オリア魔法学園に来る目的はリアの様子を見るためで間違いないだろう。
ルーセル家の令嬢が笑い者にされていないか、確認するために――。
(この世界ではルーセル師団長もリアの両親も生き残ったわ。だから、リアとナルシスの関係も変わってくれるといいのだけど……)
正直に言って、不安はある。
けれど、リアが毎日魔法の練習を重ねているのを知っているから、もしかするとナルシスはリアを見直すのではないかといった希望もある。
「特別休暇の間は、一度は学園に足を運ばないといけないわね」
そうと決まれば、スケジュールの見直しだ。
どの日が空いているだろうと考えていると、庭園の垣根の向こうに見知った顔を見かける。
「理事長と――、うげっ。マルロー公だわ」
また、何か企み事をしているのではないだろうかと訝しんでしまう。
そしてもう一つ、人影が見えた。
「誰かしら?」
背伸びしてよく見ようとすると、ジルが膝に頭をぶつけて止めてくる。
「やい、小娘。危ないから近寄るな。俺様がこっそり話を聞きに行くからここで待っていろ」
「えっ……でも――あっ、ジル!」
ジルはとててと駆けて行き、理事長たちの近くにある茂みの中に入っていった。
待っていろと言われたものの、どうやって待とうかが悩みどころだ。
「ここに突っ立っている訳にもいかないわよね……?」
うーん、と悩んでいると、セルラノ先生が通りかかった。
「ファビウス先生! 探していましたよ!」
「探していたのは私ではなく夫なのでは?」
「ふふ、睨まないでください。あなたとも話したいことが沢山ありますから」
気のせい、かもしれない。
セルラノ先生の微笑みに、微かな違和感を覚えた。
キュートなスパイ、ジルの活躍を書きたいのですが、次話はレティとレイナルドのお話になります。




