04.因縁の二人
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(どうしよう……すごく怖い)
本能が危険を察知して扉から離れる。
すると、ガチャリと音を立てて扉が開いてしまった。
満面の笑みを浮かべたノエルが、室内に入って来る。
穏やかな笑顔に圧が込められていて、ただただ恐怖を感じる。
「ノ、ノエル! 落ち着いて!」
「とても落ち着いているよ」
「そんな怖い笑顔で言われても説得力が無いわよ」
笑顔だけではない。
その声を聞くだけで、ノエルの怒りが最高潮に達しているのがわかるのだ。
ノエルの怒りの感情が魔力の暴走を引き起こしているようで、室内の温度がどんどん下がっている。
医務室の床はすっかり凍ってしまい、スケートができそうだ。
「一度ならず二度も妻を唆そうとしたのは、さすがに見逃せないね」
「い、命だけは勘弁してあげて」
このままでは間違いなく、セルラノ先生が消されてしまいそうだ。
今のノエルは完全に、黒幕の表情をしているから。
「ほ、ほら! セルラノ先生に何かあったら国際問題になるでしょう?」
「世界を敵に回したとしてもレティに手を出そうとした奴を放っておけないね」
「世界規模の被害を出すのはやめましょう?!」
ノエルほどのレベルなら、その気になれば有言実行して世界を闇に葬り去りそうだから洒落にならない。
「先ほどから黙っているが、どういうつもりで妻に近づいたのか聞かせてもらおうか?」
紫水晶のような瞳がセルラノ先生の姿を捕らえ――、大きく見開かれた。
「――月だ」
セルラノ先生が、そう小さく零したのだ。
ノエルをしっかりと見据えている目から、だばーっと、涙を滝のように流しながら。
まるで、探し求めていた大切な物を見つけたかのような、そんな表情をしている。
それは、ユーゴくんがノエルと初めて出会った時の様子と似ている。
……セルラノ先生の方が、ユーゴくんよりリアクションが激しいように見えるけれど。
「ああ……、そうか。そういうことだったのか」
自分に言い聞かせるように、セルラノ先生が独り言ちた。
「私は……あなたに仕える為にこの世に生を受けたのですね」
「……は?」
よもや、憎きセルラノ先生からそのような言葉を掛けられるなんて想像すらしていなかっただろう。
ノエルは、ぽかんと口を開けて固まっている。
「あなたを見た瞬間にわかったのです。砂漠の中で湖に巡り会えたような、歓喜に似た感情が溢れてきます……!」
吟遊詩人さながらの所作で話すセルラノ先生は、文字通り幸せいっぱいの表情で。
対してノエルは――、頬を引き攣らせて警戒している。
初めて会った人間が、自分を見て涙も鼻水も流しながら笑いかけてきたら、私も恐怖を感じそうだ。
「違う。私は君の主人ではない。君の主人はメルヴェイユ国王だろう?」
「いいえ、何も違いません。あなたは私の真の主です!」
星の力を持つ者のことは、まだよくわかっていない。
ただ確かなのは、彼らにとって月の力を持つ者は絶対で、何にも代えがたい存在であるということ。
たとえそれが、月の力を持つ者が望んでいない事だとしても。
「この身も心もあなたに捧げます!」
「その必要は無い。私はただこの力を所有しているだけで――」
「いいえ! あなたはこの世界の全てを掌握するべき崇高なる存在なのです。あなたを王にする為なら喜んでこの命を捨てましょう!」
食い気味のセルラノ先生が、ノエルの言葉を遮って朗々と語り始めてしまった。
もはや愛情の一方通行。
会話のキャッチボールならぬ会話のドッジボール状態だ。
そして、愛情が重い。
「君が命を捨てる必要はないから止めてくれ」
「主よ、遠慮は無用です。私はただあなたの幸せだけが望みなのです! だから、私はあなたの為にこの身を――」
セルラノ先生は、よほどノエルに仕えたいようで。
断られているのに身を捨ててまで尽力しようとしている。
そう。断られているのにも拘わらず……。
どこから突っ込みをいれたらいいのか迷ってしまうが、そもそも私が入る余地がない。
(ノ、ノエルが助けてほしそうな顔をしてこっちを見ているわ……!)
いかなる状況でも余裕を見せるノエルだが、今はすっかり疲弊した表情になっている。
そっと両手を広げてみると、ノエルは黙って腕の中に納まった。
「どうやらセルラノ先生は、私にはちっとも興味が無かったようね」
「恐らく、レティにかけている魔法や魔術から月の力を感じ取って引き寄せられたようだね……」
ノエルは虚ろな顔つきになってしまった。
ひとまず、わしゃわしゃと頭を撫でて励ます。
その間、セルラノ先生は息継ぎもせず延々と、詩を朗読するような声でノエルを称賛し続けたのだった。
「これ、どうしたらいのだろうか……」
もはや珍獣を見るような目で、セルラノ先生を見つめている。
「さあ、どうしましょう?」
もはや収拾の兆しが見えない状況に思われたのだけど――。
とある人物の登場で、セルラノ先生の興奮が収まったのだった。
愛が重い手下との合流となりました。
レイナルドはこれからもノエルを推して推して推しまくるので、そんな彼を見守ってあげてくださいね!




