03.決して故意ではありません
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セルラノ先生には近づかないでほしい。
ノエルに注意された数時間後の今、私は医務室に居る。
医務室とはつまり、そのセルラノ先生の本拠地で。
目の前にはもちろん、この部屋の主であるセルラノ先生がいる。
聖母の如く微笑んでいるセルラノ先生が、出迎えてくれたのだ。
「やい、小娘。ご主人様の言いつけを破るな!」
ジルは先ほどから、足元でぷんすこと怒っている。
ノエル至上主義のジルにとって許しがたい事態なのはわかっているが、生徒のため仕方がなくここに来ているのを汲み取ってほしいものだ。
敢えて会いに来たのではない。
生徒のことでどうしても、ここに来なければならなかった。
一方で、セルラノ先生は頭の上に音符マークの幻が見えてしまうほどご機嫌だ。
「私に会いに来てくれたんですね! お茶を淹れますので掛けてお待ちください」
ぱあっと目を輝かせて喜んでいるけど、内心はどう思っているのやら。
(ルスの家臣……メルヴェイユのスパイなのよね?)
お茶の雑談に捕まってしまう前にさっさと逃げよう。
捕まれば最後、あれこれと聞きだされる気がする。
「あ、あの! ぺルグランさんに会いに来たのでお構いなく!」
「ふふ、つれないですね。彼と話が終わったら飲んでください」
気遣ってくれているように見せているが、帰すつもりはないらしい。
仄かに感じ取られる断れない雰囲気に、天井を仰ぎたくなる。
(手強いわ。さすがはルスの家臣)
俺様魔王様の手下との対決は後でどうにかするとしよう。
まずは体調を崩した生徒――ぺルグランさんと話すのが先だ。
セルラノ先生の話によると、原因は疲労らしい。
「ぺルグランさん、体調はどう?」
ベッドを囲うカーテン越しに話しかけると、ゆっくりとカーテンが開けられる。
今起き上がったばかりなのだろうか。
ぺルグランさんの髪に寝癖がついているのが新鮮だ。
「ありがとうございます。大したことではないので、もう少し眠ればよくなりますよ」
「あら、油断は禁物よ?」
ぺルグランさんは生物学の授業を受けている時に体調を崩してしまったらしい。
顔色が悪いのにルドゥー先生が気付き、ゼスラとイセニックが医務室に付き添ってくれたそうだ。
ゼスラは、同級生を医務室に連れて行くのが「友だちらしい」イベントのように思えたらしく、その時の事を嬉しそうに報告してくれた。
これをきっかけに、サミュエルさんとゼスラの友情度がアップしてくれることを願うばかりだ。
「疲労が原因と聞いたわ。無理をしないようにね」
ここ最近、戴冠式に向けた準備で忙しくしているのは知っていた。
オリア魔法学園は、卒業生であるアロイスの即位を祝うために式典で魔法の花を空に飛ばすことになっている。
生徒たち一人一人が作った光の花を集めて当日まで保管するため、各学級の学級委員長がそれを取りまとめているのだ。
「はい……。この体は疲れやすいので、たまに動けなくなってしまうから困ります」
もそもそと返事をするサミュエルさんは、元気がない。
体調が悪いからなのか、弱々し気で……どこか寂しそうにも見えるのだ。
「ぺルグランさん、手を出して」
「手、ですか?」
キョトンと首を傾げつつ、両手を出してくれた。
その掌に自分の手を乗せ、魔法薬学準備室にストックしているお菓子を魔法で転移させる。
油紙に包まれたチョコチップクッキーが、サミュエルさんの掌を占拠した。
「……これは?」
「私からのお見舞いのお菓子よ。疲れた時は、甘い物を食べてゆっくり休みましょ?」
「お見舞いのお菓子……」
「ええ、みんなには内緒よ?」
「……はい。ありがとうございます」
サミュエルさんは油紙を胸元に引き寄せ、嬉しそうに微笑む。
その笑顔がいつになくあどけなくて、可愛らしさに頬が緩んだ。
「もうすぐでゼスラ殿下とストレイヴさんが迎えに来てくれるわ。一緒に寮に帰ったら、今日は早く寝て休んでね」
「あの、先生……」
「どうしたの?」
「迎えが来るまで、ここに居てくれませんか?」
躊躇いがちにお願いされると、断るわけにはいかない。
「もちろんよ。一緒にお話して二人を待ちましょう?」
ゼスラとイセニックが来るまで、サミュエルさんから最近あった出来事を聞いて過ごした。
やがて二人が来て、サミュエルさんを寮に送ってくれる。
「――私も、準備室に帰るとするか」
この医務室――俺様魔王様の手下の本拠地から無事脱出するという、強い意思を持って呟いたのだが……。
「その前に、一緒にお茶しませんか?」
セルラノ先生が、笑顔で呼び止めてくる。
「明日の授業の準備がありますので、失礼しますね!」
ドアノブに手をかけたのだが、セルラノ先生がドアを押さえている所為で開かない。
「あ、あの、その手を除けてください」
「嫌です。除けたら私から逃げるでしょう?」
この人、絶対に逃がさないつもりだ。
(どうしよう……)
視線を落とした扉の隅が、微かに凍りついているのが見えた。
(どうして凍っているの?)
微かに足元から冷気が漂ってくる。
パキパキと音を立て、ドアが凍り付いていく。
「――これはこれは、随分と命知らずな家臣を寄越したものだな」
扉の向こうから、ノエルが地を這うような低い声で話し掛けてくるのが、聞こえてきた。
次話、バトル必至の、ノエルとレイナルドの対峙です。




