閑話:厄介な侵入者(※ノエル視点)
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メルヴェイユの国王は、一度興味を持てば熱心に追いかける性質があるらしい。
以前から勘づいていたことだが、それが今、確信に変わった。
「――それで、どうしてノックスの王族はあの化け物を放っているんだ?」
何食わぬ顔で問いかけてくるのは、一年前までは敵国だったメルヴェイユの国王。
相変わらず神出鬼没で、先触れなく――いや、何の許可も無くノックスに侵入しては好き勝手に歩き回っている。
「今は対処方法を模索しているところです」
「……ふむ。その様子だと苦戦しているようだな」
黒い影の調査の為、ユーゴと一緒にラクリマの湖に向かったのだが――到着すると、何故かメルヴェイユ国王に出迎えられたのだ。
ユーゴはメルヴェイユ国王の魔力の強さをすぐに感じ取ったのか、珍しく警戒心を露にしている。
(メルヴェイユ国王は、何を考えているのだろうか?)
何らかの取引を持ち掛けようとしているのはわかる。
こちらの一挙一動を観察し、隙を探しているのだろう。
(……全く、敵に回したら厄介なお方だ)
一年前、このお方は先王の悪政で地盤が緩んでいたノックスを狙っていた。
奇しくもジェデオン辺境伯領でレティと出会い、彼女に興味を持ったからノックスを取り込まなかったのだ。
(それでも、完全に諦めたわけではないだろうに)
自国の発展の為に他国を吸収し続けている狡猾な国王。
ノックス国民への興味を失えば、すぐにでも陥落させようとするだろう。
「ところで、国王陛下はなぜここに来たのですか?」
「あの黒い影に興味を持ったからだ。あれを捕まえて持ち帰ろうと思ってな。探し回ったが一向に見つからない」
「持ち帰り……研究するおつもりですか?」
「もしくは、使い魔にする」
自分を襲ってきた未知の生き物を使い魔にしようとは命知らずな発想だが、このお方らしいと思う。
強い魔力と不吉な気配を持ち、秘密に包まれた未知なる脅威。
それを自分と結びつけるのは並々ならぬ覚悟と勇気が必要だ。
まず、大抵の人間はそのような考えは思いつかないだろう。
ひとえに、メルヴェイユ国王は頂点への拘りが強いからこそ、あの力を欲してしまうのかもしれない。
「使い魔にはできません。うちの使い魔たちによれば、あれは魔獣でも妖精や精霊でもない、不可解な存在のようです」
「ふむ。ますます興味があるな」
「……」
ルドライト王国と同盟を結ぶまで現れるに違いないと思っていたが、また一つ、ノックスに居る口実ができたようだ。
確実に、厄介な事態になりつつある。
「あの影について情報を掴んだらお伝えしますので、どうか不法侵入を繰り返さないでください。魔術省の人間として見過ごせませんので」
「月のが伝えに来なくていい。俺の家臣が近くに居るからそいつを通して伝えてくれ」
「……家臣?」
聞き捨てならない事をさらりと言われてしまい、頬が引き攣る。
家臣とは聞こえがいいが、いわば内通者だろう。
かつての私やローランのような存在を、もう用意していたようだ。
「オリア魔法学園から大切な治癒師を連れ去ってしまったのは、心の底から申し訳ないと思っている」
「……いえ、国王陛下のおかげで恩師の仇を見つけ出せたので感謝しています」
唐突にオリア魔法学園の名前を口にされれば、おのずと嫌な予感がする。
もはや確信に近い、恐ろしい予感。
「とはいえ、ノックス王国が誇る魔法学園の教師を連れ去るのは、本当に心苦しかったのだよ」
どうか、ただの予感であってほしい。
もはや祈りに近い思いが込み上げてくる。
「――だから、新しい治癒師を贈ってやった。もう顔を合わせたか?」
「ああ……やはりそうだったんですね」
隣国のディエースで――それも、宮廷病院で働いていた治癒師が、魔法学園の治癒師になるとは、裏があるだろうとは予想していた。
最悪な気分だ。
よりによって、レティの近くにその内通者が居るだなんて。
魔法学園が一層、危険な場所になったではないか。
「あれは、あなたの差し金でしたか」
「人聞きが悪いな。贈り物だ」
あの治癒師は初めから、レティを狙って近づいたのだ。
「怖い顔をするな。あれは役に立つしコツを掴めば扱いやすい。いづれ俺に感謝する時が来るだろう」
メルヴェイユ国王は口元を歪めて楽しそうに笑っている。
他にも何か企んでいるような気がしてならない。
「それでは、ここで失礼するとしよう。どうかレイナルドとも仲良くしてやってくれ」
そう言い残し、転移魔法を使ってこの場を去った。
「仲良くするだと……? 笑わせてくれる」
「ノ、ノエルさん! 目が全然笑っていないです!」
どのような理由があろうと、レティに言い寄った事実は許しがたい。
(また妙な事をされる前に釘を刺しておこうか)
やはり彼とは一度、面と向かって話さなければならないようだ。




