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このたび、乙女ゲームの黒幕と結婚しました、モブの魔法薬学教師です。  作者: 柳葉うら
第六章 黒幕さんが、もふもふに嫉妬します
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010.反省と労いと

更新お待たせしました!

 その後、懇親会ではゼスラたちに変化があった。

 ゼスラもイセニックも、同級生たちに話し掛け始めたのだ。


 お互いにぎこちない様子だったけど、会話を繋げていた。


(まずは一歩、踏み出せたかしら?)


 この先、もしもゲーム通りの事態になっても、ゼスラが一人で抱え込みませんように。

 理事長に心の隙を利用される前に、同級生たちに助けを求めるようになってくれたらいいのだけれど――。


 今日の懇親会が、彼の助けになることを願うばかりだ。


「さて、明日の授業の準備をしなきゃいけないわね」


 終礼を終えて、ジルと一緒に魔法薬学準備室へと向かう。


「――おい」

「あら、ストレイヴさん」


 回廊を歩いていると突然、イセニックに呼び止められた。


 ぶすっとした表情で、柱に寄りかかっている。

 珍しく、ゼスラから離れて別行動しているようだ。


 いつもはどこに行くのも何をするのも一緒なのに……。


「どうしたの?」

「……すみません、でした」

「えっ?! 何かあったの?!」

「それは、その……ラクリマの湖で、無礼な態度をとったので」


 早くみんなの元に戻るように言っていた時の、あのことだろうか。


 あの時のことは、イセニックの言い分を聞かなかった私に非がある。

 だから気にしなくてよかったのに。


 だけどイセニックは、律儀に謝りに来てくれたらしい。


(……そうだわ。こういう性格だから、イセニックはメインキャラクターではなくても人気だったのよね)


 ゲームのイセニックは、エリシャがゼスラと話すたびに邪魔しに現れていた。


 それは、エリシャがゼスラに取り入ろうとしているのではないかと疑っていたためで。

 ゼスラを守っていたのだ。


 やがてゲームが進み、エリシャがゼスラや他の生徒たちのために奔走する姿を見るうちに自分が誤った認識をしていたのに気付く。

 そして、これまでの行いを謝罪し、以降はエリシャを陰ながらサポートしてくれるようになるのだ。


「気にしないで。あの時は、あなたの気持ちを無視していた私の方が悪かったもの」


 正直に言うと、ルスの登場や黒い影の出現で完全に忘れていた。

 そんな私に、わざわざ謝りに来てくれたのが申し訳ない。


「い、いや……しかし、師に対してあんな物言いをするべきではなかった」

「師が必ずしも正しいとは限らないの。だから、違うと思う時は異を唱えて当然よ」

 

 もちろん、生徒たちには正しい在り方を見せられるような存在でありたい。

 そう思っていても、気付かないうちに誤った選択をしてしまう事もある。


 誤った選択をしたまま誰かを傷つけてしまうことの無いよう、生徒たちにとって意見を伝えやすい教師でありたいと思っている。


「それと、今日は俺たちのために懇親会を開いてくださって、あ、ありがとう、ございました」

「!?」 

「同級生たちと一緒に話しているゼスラ様は楽しそうでした。あのお方が心からの笑顔を見せたのは久しぶりでしたから……、その、本当に感謝しています」


 意地っ張りなイセニックは、面と向かってお礼を言うのが照れくさいようだ。

 顔は真っ赤になっているし、視線が全く合わない。


 ……それでも、尻尾がふりふりと大きく振られている。

 懇親会が楽しかったからお礼を言ってくれているのは確かだろう。


(尻尾が……もふもふの尻尾がふわふわと揺れて誘ってきているわ……!)


 心の中で、「触りたい」と「触っちゃえ!」と言った誘惑が囁いてきている。

 流されそうな自分を律して、淑女の微笑みを作った。


「ふふ、ありがとう。二人が楽しめたのなら嬉しいわ」

「お、俺は……ええ。楽しかったです」


 イセニックはがしがしと頭を掻き、照れ隠ししている。


「そ、それでは、ゼスラ様の護衛に戻るので失礼します」


 洗練された所作で礼をとるイセニックの、ふわふわの耳がパタパタと動いている。

 耳といい、尻尾といい、どれだけ私を誘惑すれば気が済むのだろうか。


 教室に戻る彼の背を見送りつつ、もふもふを撫でまわしたい衝動を抑えた。

 イセニックの姿が見えなくなるのを見計らい、ジルを抱きしめる。


「くうぅぅぅぅっ! もふもふがっ!」

「お、おい! 小娘! 勢いよく抱きつくなといつも言っているだろうっ!」


 おひさまの香りがする頭に顔を埋めてすんすんと匂いを嗅ぐ。


 すると急に、ふわりと甘い花の香りがした。

 それとほぼ同時に、背後に現れた誰かに抱きしめられる。


「――レティ、浮気はよくないよ?」

「ノノノ、ノエル!」

 

 耳元に落ちてくる声は優しくて穏やかなのに、何故か胸騒ぎがしてしまう。

 ゆっくりと顔を動かして振り返れば、美貌の夫が微笑みかけてくれている。


(怖い。笑顔が怖いわ)


 例え相手が動物であっても妬いてしまうのは、どうにかならないものだろうか。


「さあ、一緒に帰ろう?」

「ひゃい……」


 夫から手渡された花束を握りしめ、こくこくと頷くことしかできなかった。


     ◇


 馬車に乗り込むと、ノエルが顔を覗き込んできた。


「元気がないね」

「そ、そうかな?」


 しおらしい表情にでもなっていたのだろうか。

 頬を触って確かめていると、その手にノエルの掌が重ねられる。


「ああ、ラクリマの湖に居た時から元気がなかったよ」


 紫水晶のような瞳がじっと見つめてくる。

 夕日の光を浴びて美しく輝くその瞳に、心の中を読まれているような気がした。


「……生徒に指摘されて、気付いたことがあったのよ」

「気付いたこと?」

「私、生徒を守らなきゃいけないと思っていて、あの子たちに子どもらしさを押しつけていたわ。無意識のうちに生徒の心を踏みにじっていたのを知って、悲しかったのよ」

「……レティは生徒たちの事を一番に考えているから尚更、悲しかっただろうね」


 ノエルの指が目元を滑る。

 泣いていないのにも拘わらず、涙を拭うように触れてくるのだ。


 もう片方の手は背中に回され、引き寄せるように力を込められた。


「おいで」

「えっ……?!」

「弱っているレティを、そのままにしておけないよ」

「あ、あの、だけど……っ!」


 戸惑っていると、そのまま腕の中に閉じ込められてしまった。


(ノエルの匂いがする……)


 香水と、石鹸と、紙とインクと……。

 それらが温もりに溶けて柔らかに香る、安心する匂い。


 優しく背中を撫でてくれるのが心地よく、触れられるたびに胸の中に温かなものが広がっていく。


(猫が甘えたくなる時って、このような気持ちなのかしら?)


 そのような事を考えつつ、肩に頭を預けて寄り掛かった。


「もう少しこのままでいてもいい?」

「もちろん。寧ろ、願ってもない提案で嬉しいよ」


 私に甘い夫は微笑みを浮かべてくれる。


 自分は甘えてくれるのを待ち望んでいるのだから、遠慮しないで甘えてくれ、と。

 息を潜めた声で囁いてくるのだ。


「レティが好きなだけこうしているよ。一晩でも、それ以上でもいい。必要ならば仕事を休むから」

「それはダメよ」


 思わず笑ってしまうと、ノエルは嬉しそうに目を細めた。


「どのみち、明日は待ちに待った週末だよ。二人でゆっくりと過ごそう」

「そうねぇ。何をしようかしら?」


 思いつく限りの週末の計画を口にすると、ノエルは優しい眼差しのまま、話を聞いてくれていた。

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― 新着の感想 ―
[一言]  今回はイチャイチャというより、レティシアを甘えさせてくれる良い夫感が強かったですね。ホンワカしました(*´ω`*)  ジルに猫吸いしたら痴女呼ばわりされそうだなぁ(*-ω-)
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