09.大きな宿題
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教師をしていて、気付いたことがある。
注意しても反省しない大人が一番厄介なのだ、と。
開き直ったり、問題をうやむやにして逃げてしまうのだから、たちが悪い。
――今ちょうど目の前に居る俺様魔王様がそのような状態だ。
「ははは、この世で俺を叱りつけるのはレティくらいだぞ」
と、開き直って笑い声を上げているのだ。
叱った直後は国王に対して不敬だったと反省したけれど……。
ルスの様子を見ていると、むしろもう少し指導した方がいいのかもしれないと思ってしまう。
一方で、ノエルはオロオロと狼狽えつつ謝罪の言葉を口にした。
「すまない。レティのことが心配で来てしまったんだ……。懇親会を邪魔するつもりは無かった」
もしノエルに耳と尻尾があれば、力なくだらりと下がっていただろう。
それほど落ち込んでいる様子を見せられると、これ以上お説教するのは憚られる。
「心配してくれてありがとう。助けに来てくれたのは嬉しいけれど、言い合いを続けるのはよくないわ。――さあ、みんなの元に戻りましょう」
ユーゴくんに任せてしまっているのが申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
急にいなくなったから心配しているだろう。
おまけに、今日はユーゴくんにとって初めての引率で、慣れない事ばかりなのだから不安もあるはずだ。
早く戻って安心させなければならない。
それなのに、いざ踵を返すと、途端に目の前に魔王様が現れてゆく手を阻む。
転移魔法を使ったようで、音もなく急に距離が縮まったものだから心臓に悪い。
「まだ話が終わってないのに俺の前から去ろうとするな」
「……国王陛下、国同士の交渉はしかるべき手順を踏んでいただけますか?」
「そう睨まないでくれ。俺だって、子どもに持ち掛けるのは心苦しいが、仕方がなくこうしてきたんだ」
本当にそう思っているのであれば、せめてそのニヤついた顔をどうにかしてほしい。
白々しい演技も無く、いっそのこと潔さを感じさせるほど淡々と言い訳を述べてきたのだ。
「とにかく、うちの生徒に手を出さないでください」
「さあ、どうするかは俺たち次第だ。レティであれど、干渉してくるのならそれなりの対応をさせてもらおう」
ルスの声色が変わった。
これまで話していた時よりも重々しく、聞く者に対して有無を言わさないような、そんな声になったのだ。
(このままだと、ゼスラが頷くまで居座りそうだわ……)
交渉を迫られているゼスラはというと、表情はいつも通りだが、どことなく揺れているような気配がする。
先ほどから何も言葉を発さずに、考えを巡らせているようなのだ。
(お兄さんの呪いを解くのはゼスラの悲願だけど……とはいえ、遠い親戚も同然のドラゴンを生贄にするような国との交流が条件となれば、考えるのは当然よね)
ゼスラが揺れているのを感じ取っているようで、ルスは獲物を定めた肉食獣のように追い込もうとしている。
(どうしたらいいの……?)
突破口を見出そうと頭を悩ませていたその時、ヒヤリと冷たい空気が足元を駆け抜けた。
それは王宮や学園で感じた、不吉な気配と似ている。
「ま、まただわ……!」
黒い影の姿を探していると、ルスが何かしらの魔法を防いだのが見えた。
バリバリと、大きな音が辺りに響く。
「この化け物は何なんだ?」
初めて見る黒い影に対してもルスは冷静で、ただ淡々と攻撃魔法で対抗している。
しかし、珍しくルスが押され気味だ。
やはりこの影は、相当厄介なものであるらしい。
黒い影はルスを包囲し始め、着実に飲み込もうとしている。
「不本意だが、ここまでか」
ルスは追い込まれているのにも拘わらず軽快に笑った。
まるでこの状況を楽しんでいるようだ。
「ノックスにはまたもや、厄介なものがいるようだな。……本当に、レティの周りはいつも何かが起こっているから退屈しなくていい」
私がトラブルメーカーのような言いぐさなのが納得いかない。
これは私のせいではなく、シナリオのせいだと言ってやりたいものだ。
「また会おう」
ルスはパチンと指を鳴らすと、あっという間に姿を消した。
「黒い影も居なくなったわ……」
獲物はルスだったのだろうか、辺りを見回してもどこにもいない。
ガサリと足音がして振り返れば、サミュエルさんの姿があった。
「みなさん、探しましたよ」
「ペルグランさん……!」
ユーゴくんが他の生徒たちを見てくれているため、学級委員長のサミュエルさんが私たちを探しに来てくれたらしい。
「心配かけてごめんなさい。今から戻るわ」
先程の魔王様VS黒い影の魔法対決は壮絶だったけど、あの時の音は林の外まで聞こえてこなかったらしい。
サミュエルさんに話したけど、そのような音はしなかったと言って驚いていた。
(あの黒い影の目的は何だったのかしら?)
ルスはゲームのメインキャラクターではないから、狙われるようなことはまずないはずだ。
そうすると、自分のテリトリーを荒らされたから攻撃しに来た、ということになるのかもしれない。
黒い影について、情報が欲しいところだ。
「ゼスラ殿下、大丈夫?」
「ああ、心配無い」
ゼスラとイセニックは、ノエルが防御魔法で守ってくれていたおかげで怪我一つなかった。
無事でよかったが、先程のゼスラの様子を思い出すと、安堵はできない。
「……しかし、不安がないと言えば嘘になる」
「!」
初めて本音を話してくれて、驚いた。
ゼスラは私に、胸の内に抱えている不安を教えてくれたのだ。
「父上も兄上も、メルヴェイユとは同盟を結ばないだろう」
己の命よりも、身内の命よりも、国民を優先する。
躊躇いなく贄を用いて魔術を行使する国との交流は、ともすると国民の平和を脅かしかねないから。
ルドライトの王族として頭の中では理解していることだけど、心はまだ追いついていないのかもしれない。
「呪いを解く方法はたくさんあるわ。まだ見つかっていない方法だって、この世にいくつもあるもの」
「……私が見つけられるだろうか?」
「可能性を判断するのはまだ早いわ。まずは一緒に探していきましょう」
「ああ、宿題が一つ、できたようだな」
ゼスラは眉尻を下げ、困っているような顔で微笑んだ。
(この世界では、お兄さんを失ってほしくないわ。何か方法を探さないといけないわね)
今、この世界はゲーム通りに進んでいるのだろうか。
予期しないことが起こっているから、もしかするとシナリオから外れているのではないかと期待することもある。
それでも、この目でみんなのハッピーエンドを見届けるまでは安心できない。
「さあ、みんなの元に戻りましょう。ノエルは道草しないでまっすぐ仕事場に戻るのよ?」
「その前に、妻を無事に送り届けるのが先だ」
ノエルは頑として譲らず、私がラクラマの湖を発ち学園に戻るまで居座ったのだった。
またもや夫が現れたものだから、その後一週間ほど、また生徒たちに冷やかされたのだった。
植物園の一件があったので、ノエルは生徒たちの間ですっかり顔馴染みになったようです。




