08.そして、夫も乱入する
「……本当の目的は何ですか?」
「おや、随分と疑われているな」
「ええ、だってあり得ませんもの。自国の統治に心血を注いでいるあなたが、用も無いのにわざわざ国を離れるはずがありませんから」
「……ほう」
私の言葉をどう捉えたのかわからないが、ルスは口元を歪めてニヤリと笑う。
率直に言えば、ノエルや理事長よりも何十倍も何万倍も悪役っぽい微笑みだ。
その証拠に、隣に居るイセニックが警戒して身構え、戦闘態勢に入っている。
ゼスラを庇うようにして彼の前に立ち、身を挺して守ろうとしているのだ。
「名推理だ。そこの生徒に用があってね。……しかし、そのついでに会いたくなるほどレティのことは気に入っているぞ」
「それはそれは……光栄です」
これまでの出来事を思い返してみても、別段気に入られるような思い出は無かったような気がする。
そのためか不名誉な気に入られ方をしているようで、素直に喜べない。
「全く嬉しくなさそうな顔をされるとさすがに傷つくが、……まあ先ほどの言葉に免じてよしとしよう」
と、目の前に居る魔王のような王様は豪快に笑っている。
ルスの心にダメージを喰らわせられる人物なんているのだろうか。
私の言葉だって、せいぜい豆腐を投げつけられたくらいのダメージしかないだろうに。
この俺様魔王様な国王陛下の鋼同然なメンタルを傷つけられる人物がいるのなら、是非ともお会いしたいものだ。
「それで、お暇な国王陛下は何をしに来たんですか?」
問いかけるオルソンの声には鋭さがあり、ルスを前にして緊張しているのが伝わってくる。
「ルドライト王国の王子と取引をしに来たのだ」
真っ赤な瞳が動く。
その視線の先に居るのは、ゼスラだ。
「その金色の瞳はドラゴンの血を持つ者の証だ。俺が聞いた噂が偽りでないのなら、貴殿はルドライト王国の王族だろう」
恐らくは、長らく鎖国していたルドライト王国との交流が目的なのだろう。
ルドライト王国はノックスやメルヴェイユとは異なる大陸にあるため、そこには未知なる魔法石があると言われている。
各国がその魔法石を狙っている中でノックスとだけ交流を始めたものだから、ノックスが独占する前に手を打とうとしているのかもしれない。
「こちらの提示する条件を叶えてくれるのであれば、貴殿の兄にかけられている呪いを解こう」
「えっ?!」
ゼスラのお兄さんが呪われているのは公になっていないはず。
それを、なぜルドナイトとの交流が無いメルヴェイユの国王であるルスが知っているのだろうか。
驚きのあまり、声が漏れ出てしまった。
「先日、ヤニーナに尋問した際にルドライトの王子の名前が出てきたのだ。新しい呪術の実験台にしたと言っていた」
「ま、まだ尋問が続いているんですね」
「当り前だ。あいつは数々の悪行に手を染めてきたからな。一つ一つ聞いているから一向に聴取が終わらないのだ」
ルスはそう言っているけれど、その顔にはでかでかと「簡単に楽にしてやるつもりは無い」と書いているから恐ろしい。
わざとゆっくりと尋問している気がしてならない。
俺様魔王様は、自分の物に手を出した者は決して許してくれないのだから。
「貴殿の兄は体の一部が石化しただろう? おまけに、魔力の消耗が激しく――時には命の危機に瀕しているのではないか?」
ゼスラの顔から微笑みが抜け落ちた。
恐らく、ルスがお兄さんの症状を言い当てたのだろう。
大切なお兄さんのことだからこそ、いつもの余裕が失われてしまったようだ。
「……なるほど。術者がそちらの手にあるのか。それで、メルヴェイユ国王陛下は何をお望みなのでしょうか?」
しかしすぐにいつもの泰然とした表情を浮かべ、ルスに尋ねた。
二人の間に、ピリピリとした空気が走る。
「話が早くて助かる。俺が望むのはメルヴェイユとルドライトの同盟だ。ノックスよりも先に結ぶのを条件とする」
「……」
「ゼスラ様、なりません! メルヴェイユはドラゴンを贄にするような野蛮な国ですよ!」
黙り込むゼスラに、イセニックは必死に訴えかけている。
(正面から挑んでも門前払いされるから、ゼスラに会いに来たのね)
恐らく、どこよりも先にルドライトとの絆を強固にしたいのだろう。
未知の魔法石の独占や、人間よりも遥かに強い獣人たちで構成された騎士団の援助が望みなのかもしれない。
他国がそれら欲しているように、ルスもまた狙っているのだろう。
(事情は理解したけれど、だからといって生徒の弱みに付け込むのは見過ごせないわ)
ゼスラを通すのは、いわば非正規ルート。
それなら引き続き、正面から堂々と挑んでもらおうではないか。
「国王陛下、そのようなお話はルドライトの国王陛下とお話しください」
「大切な取引に口を挟まないでくれ」
「私の大切な生徒を困らせているのですから、黙って見ている訳にはいきません」
「……相変わらず、レティは生徒のこととなると強情だな」
ルスの赤い瞳が不穏な光を宿した。
私を庇おうとするオルソンを片手で払いのけ、あっという間に目の前に現れる。
さすがの私も、命の危機を感じた。
魔法か、それとも呪術か。
攻撃をしかけられるのではないかと身構えたその時、空からフッと影が落ちてきた。
「メルヴェイユ国王陛下、私の妻から離れていただこう」
上空からノエルの声が聞こえてくる。
ノエルを乗せたグリフォンがあっという間に地上に降り立ち、気付けば私はノエルの腕の中にいた。
「わざと気配を消さないまま国境を越えて挑発してきましたね?」
「さあ、何のことだろうか。俺は散歩がてら、レティに会いに来ただけだぞ?」
二人は言い合っており、私はノエルに拘束されたままで身動き一つとれない。
そんな私たちを、オルソンとゼスラとイセニックが茫然と見守っている。
(ああ、せっかくの親睦会だったのに……!)
ゼスラとイセニックが他の生徒たちと馴染めるように、ユーゴくんがノックス王国に親しみを持ってくれるように企画した親睦会だったのに。
一人、また一人と乱入してきては、楽しい親睦会を不穏な親睦会に変えてしまうのが腹立たしい。
それなのに、ノエルとルスはまだ言葉の応酬を繰り広げており、終わる気配がない。
ルスはノエルをおちょくるのが楽しいらしく、微笑みすら浮かべている。
いつまで続くのだろうか、と呆れてしまった。
「あなたたち、いい加減にしなさい!」
我慢できずに叱りつけると、自分の声が林の中に響いた。




