06.もふもふ侍従の気持ち
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ゼスラとオルソンが何の気配を感じ取ったのかはわからないが、このまま放っておくわけにはいかない。
「連れ戻さないといけないわね。ストレイヴさんは先にみんなの元に戻っていて」
「……いや、俺も行く」
「はい?」
呆気に取られていると、イセニックはゼスラたちの後を追って林の中に入って行こうとする。
声を掛けるだけでは立ち止まってくれそうにないから、通せんぼするような体勢でイセニックの行く手を阻む。
「魔物が潜んでいるのかもしれないのに、行かせるわけにはいかないわ!」
「それならなおさら、侍従の俺がゼスラ様の元に行かなければならないだろう?!」
生徒が危険な目に遭うかもしれないのに、「そうね」と言って通すつもりはない。
それに、この先で最悪の事態が起こった場合、私一人で守れる生徒は限られているのだ。
守る対象がたくさんいればいる程、防御の威力が弱まるから……。
「生徒を危険な目に遭わせるわけにはいかないの。だから安全な場所で待っていなさい」
「うるさいな。黙って聞いてりゃ、自分の言い分ばかりじゃねぇか!」
「……!?」
突然ぶつけられた怒りに驚き、言葉が出てこなかった。
ただただ茫然と、イセニックの顔を見つめることしかできなくて。
「俺は学生である以前にゼスラ様の侍従だ。それは子どもであるから免除されるものではないし、第一、俺は誇りを持ってその責務を担っている」
灰色の瞳に宿る、強い意志を目の当たりにした。
ゲームの中でもそうだった。
イセニックはゼスラを第一に考え、ゼスラを世界の中心としていた。
かつて画面越しに眺めていた”設定”が、どれほど彼の心に深く根付いているのかを思い知らされる。
信念や責任や、そういった言葉で片付けられない類の、要となるものであるということを。
「ゼスラ様だって同じだ。あのお方は王族の一員として血の滲むような努力で強くなられたのに、生徒だからといって弱き者のように扱うな。子どもだと決めつけて俺たちの領域に踏み荒らさないでくれ!」
だから私は、知らないうちにイセニックの心を踏みにじっていたのだ。
(イセニックは……ずっと私に抗議していたのね)
ここ数日、イセニックから向けられていた視線に込められていた本当の気持ちを、今になって理解したのが悔やまれる。
私は、彼の気持ちを見落としていたのだ。
「ごめんなさい。私の言葉で不快な思いをさせていたのね」
「……う」
謝罪の言葉を口にするとイセニックから怒気が消えて――、今度はあたふたと、ぎこちなさそうにしている。
「どうしても、あなたたちを危険に晒したくないと思ってしまうのよ。でもね、それはあなたたちが弱いと決めつけているわけではないわ。大切な生徒だから、守らせてほしいのよ」
「……うっ、そ、そう言われても……」
「もちろん、ストレイヴさんの務めを妨げるようなことはしないわ。だけど、どうか守らせてほしいの」
シナリオが動き出せば、間違いなくイセニックは巻き込まれる。
それをただ黙って見ているなんて、やはりできない。
「あなたたちには安全な場所で、新しい知識に触れて学ぶ楽しさを知ってもらいたい。それに、今でしか交流できない仲間たちと一緒に楽しい思い出を作ってほしいから」
「……お、俺は仲間なんて……いらないからな」
イセニックはしどろもどろとしており、こころなしか、眼差しから鋭さが亡くなった気がする。
「も、もう行くぞ!」
「あ、ま、待って!」
大股で進んでいくイセニックを追いかけて私も林の奥に踏み入る。
木々の合間を進んでいくと、オルソンとゼスラを見つけた。
早々に見つけられて安心したのも束の間で。
彼らの視線の先にいる人影に気付いて背筋が凍る。
「ほう、獣人とは珍しい。ノックスがメルヴェイユと交流を持ち始めたという噂は本当だったのか」
聞き覚えのある声だ。
本来ならこの林の中では――、いや、この国では聞こえてくるはずのない人物の声。
「ど、どうしてここにいるんですか?!」
狼狽えた私を見て笑い声を上げているのは、金色の髪と赤い瞳を持つ男性。
今日も今日とて、漆黒の装束が魔王らしさを増している。
敵国だったメルヴェイユの国王――ルスだ。
「そう身構えるな。気晴らしで散歩しているだけだ」
と、俺様な国王陛下が全く信用できない返答をしてきたのだった。




