02.年上の生徒
「ゼスラ殿下、ストレイヴさん、あなたたちにお客様が来ているわ。魔術省のランバートさんが教室の外で待っているわよ」
ホームルームが終わり、ゼスラとイセニックに声を掛ける。
ゼスラはちょうど荷物を纏めているところだったが、律儀にも手を止めて話を聞いてくれた。
(あら、あの本は……)
呪術の専門書らしき本がゼスラの鞄の中から覗いている。
以前、ロアエク先生の呪いを解くために読んだことがある本だ。
(ゲームと同じようね。お兄さんにかけられた呪いを解く方法を探しているんだわ)
ゼスラには兄が一人いる。
強く優しい、憧れの存在らしい。
しかしある日、未知の呪いに侵されてしまったそうだ。
今は立っているのもままならないほど衰弱してしまっているらしい。
周囲は兄王子の王位継承は望めないとしている。
しかしゼスラは兄こそが国王になるべきだという信念を持っており、呪いを解く方法を見つけ出すために外の世界に出ることを決心した。
(これは表向きには公表していない理由だから、私からこの話題に触れることはできないわね。何か話すきっかけがあるといいのだけれど……)
ゲームではゼスラのルートになって初めて知らされる事実。
そのため、私がしっているとわかれば怪しまれてしまう。
――つまり、国同士の親交を深めるための留学というのは表向きの理由だ。
「……どうして人間なんかのためにゼスラ様が移動しなければならない?」
悩んでいると、イセニックがぼそりと不満を口にしたのが聞こえて来た。
(ああ、ご機嫌斜めになってしまっているわ)
灰色の瞳が凄むように睨みつけてくる。
「――イセニック?」
狼の如く威嚇してきたイセニックだが、ゼスラが名前を呼んで窘めると、飼い主に叱られた大型犬のようにくしゅんと大人しくなる。
ゼスラは静かな声で淡々と名前を呼ぶだけなのだが、その声を聞くと何故かこちらまで背筋がすっと伸びてしまう。
「……っ、わかりましたよ。会いに行きましょう」
イセニックの表情は変わらないが、耳と尻尾がくったりとしているから彼の感情を読み取れてしまう。
(も、もふもふに元気がない……可哀想だけど可愛い……)
ふわふわと揺れる耳と尻尾を目で追いかけそうになり、自分を律して反対側を向く。
教師たるもの生徒をもふろうとしてはならない。
そう自分に言い聞かせて心を落ち着かせた。
「ファビウス先生、知らせてくれたことに感謝する。速やかに向かおう」
ゼスラはお礼を言って粛々と礼をしてくれた。
いささか鷹揚な口調であるため年長者らしさが感じられる。
そんなゼスラだが、百歳以上年下の私を師と仰いでくれているから非常に律儀な性格だ。
あまりにも丁寧過ぎる態度に、いつも気後れしてしまう。
「私も一緒に行くわ。あなたたちの気持ちを聞かせてほしいのよ」
教室を出ようとする二人の後をついて行こうとすると、イセニックが眦を釣り上げる。
(あらまあ、また睨まれてしまったわ)
イセニックは侍従兼護衛としてゼスラの側にいるため、周囲を威嚇してしまっているのだ。
使命感が強いのはいい事なのだが、他の生徒たちをゼスラから遠ざけようとするから全く交流ができていないのである。
その度にゼスラが諫めているのだが、それでもイセニックは周囲の言葉や反応に敏感になって威嚇してしまう。
入学以来続くこのやり取りの所為で、他の生徒たちが遠ざかってしまった。
(イセニックだけの所為ではないわ。生徒の中には獣人に対して差別的な考えを持っている人もいるのだから……)
獣人は人より何十倍も力が強いから、未知なるものへの恐怖があって威嚇してしまうのだろう。
同級生や上級生が揶揄ってイセニックを激高させたこともあり、その時は教師が間に入るより先にゼスラが双方を諭して喧嘩を防いでいた。
(ゼスラはお兄さんこそが国王にふさわしいと思っているようだけど、ゼスラもまた人の上に立つのが向いていると思うわ)
他者を想い、力よりも言葉で解決しようとする姿勢があり、絵に描いたような聖人君主となりそうだ。
(ゲームでは……、お兄さんの呪いを解けなかったわね。バッドエンドではない限り、彼は帰国して国王になっていたわ)
彼の努力を知っているからこそ力になりたいけれど――、彼が国王にならないのは勿体ないとも思ってしまう。
「おい、貴様。ゼスラ様を見つめ過ぎだぞ」
イセニックの唸り声が聞こえて来てはっとする。
隣を向けばイセニックがこちらを見ていて。
彼の耳はすっかり倒れていて、お怒りのようだ。
「イセニック、師に対して不遜な態度をとるとは何事だ!」
珍しくゼスラが声を張り上げた。
どうやら、イセニックが彼の逆鱗に触れたようだ。
ドラゴンは長を敬う習性を持つ生き物。
その血を引くゼスラにとって、イセニックのとった行動は許しがたいものだったのだろう。
(とはいえ、先生=長のように思われるのは仰々しいから止めてほしいわ……)
ごくごく平凡なモブにとっては身に余る対応だ。
ゼスラには少しずつ接し方を変えてもらおうと心に誓った。
「し、しかし! 俺はゼスラ様のためを思って……!」
イセニックの耳が力なく下を向く。
「案じてくれているのはわかっている。お前が居てくれるから私は安心してどこにでも行けるのだから感謝しているよ。しかし、師に対してあのような態度をとってはいけない」
「ゼスラ様……!」
項垂れていた耳がぴんっと持ち上がり、忙しなくもふもふと動く。
誘うように動いているようで、触りたくてうずうずとしてしまう。
もう耐えきれない、と思った私は、足元に居たジルを抱きしめた。
「くうぅぅぅぅっ! もふもふがっ!」
「お、おい! 小娘! 勢いよく抱きつくなといつも言っているだろうっ!」
ジルの文句を聞きながらスリスリと頬擦りをしていると、ひやりとした冷気を感じ取った。
「あれ? 外が真っ暗になっていますね?」
ユーゴくんが外を見て呟いた。
先程まで晴れ渡っていた空が、今や真っ黒な雷雲で覆われているのだ。
おまけに、雷鳴まで聞こえてきている。
(なんだろう……この感覚、既視感があるわ)
窓の外でピカッと閃光が走り、次いで雷鳴が轟く。
「二人とも、何をしているのかな?」
背後からひどく穏やかな声が聞こえてきた。
ノエルの、低くて心地の良い声が。
振り返ればノエルが立っていて――。
「ひえっ」
「ご、ご主人様! これには訳がありまして!」
禍々しいオーラを背負ったまま、笑顔を浮かべていた。
新しい二人もよろしくお願いします!




