12.頑張る夫に差し入れです
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「はい、ノエルにあげる!」
「!?」
迎えに来てくれたノエルに回復薬を手渡すと、ノエルは雷に打たれたような表情を見せた。
「あ、ありがとう……」
花束を持ったまま、震える手で受け取る。
喜んでくれると思ったのだが、実際は違った。
戸惑うような、狼狽えるような様子で、手の中にある回復薬を凝視しているのだ。
「あ、えっと……頑張る夫に差し入れしようと思ったのよ」
「差し入れ……?」
「ええ。ノエルは魔術省の仕事と領地の管理、どちらもしていて忙しいもの。だから回復薬を飲んで元気になってね」
部屋の中がしんと静かになる。
ノエルは一言も喋らず、ただじっと回復薬を見つめている。
(嬉しくなさそうね……)
予想外の反応の薄さに落ち込んでしまった。
とはいえ、なんともいえない気まずい空気を紛らわせなければと、ぎこちなく笑って話し掛ける。
「効果はそれなりにあると思うけど――って、ノエル?! どうしたの?!」
話している途中で抱きしめられてしまい、視界は一気に紫紺色のノエルのローブで一杯になった。
ノエルが手に持っていた花束が床に落ち、ぱさりと小さく音を立てた。
「ありがとう。大切に保管する」
少し息苦しさを感じるほどぎゅっと抱きしめられる。
睨んで抗議すれば力を緩めてくれて、紫水晶のような瞳を甘くして見つめ返してきた。
そしてまた、「ありがとう」と口にした。
「レティの差し入れのおかげで向こう十年は張り切って仕事ができそうだ」
「そんなに効果が続くの?!」
あまりにも大袈裟な例えに笑ってしまった。
先程までとは一転して盛大に喜んでくれている。
何度もお礼を言ってくれると、余りのガルデニアで作ったのが申し訳なくなった。
「この回復薬は保存魔法が付与された箱の中に入れよう。帰ったらすぐに職人を手配しないといけないな」
「待って! 使わないで飾りにしておくつもりなの?!」
保存魔法が付与された箱は宝箱のような見た目で豪奢だ。
大抵の貴族はその中に宝石やそれに準ずるような高価で貴重な物を入れている。
間違えても、こんな手作りの回復薬を入れる物ではない。
――それなのに、ノエルは躊躇いもなく首を縦に振って肯定する。
「レティが私のためだけに作ってくれた回復薬を使うなんてもったいない。使えばなくなってしまうだろう?」
「そりゃあ、そうだけど……そもそも、回復薬は消費するものよ?」
「最愛の妻から貰った贈り物を消費するなんてできないよ」
いつになく頑なで、絶対に保管すると主張する夫。
このままでは十年先……いや、百年先も保管庫に入れていそうだ。
(冗談じゃないわ。回復薬は使われてこそ役目を果たすのよ?!)
それに、自分が作った何の変哲もない回復薬を高価な宝箱に入れられているなんて恥ずかしくて耐えられない。
未来の心の平穏のため、今すぐにでもノエルに回復薬を消費してもらおう。いや、必ずそうさせる。
速やかに実行すべく、ノエルの手から回復薬の瓶を取り上げる。
「はい、口を開けて! 飲んで!」
「レティ、待ってくれ!」
「待たない!」
瓶の蓋を開けてノエルの口元に近づけるけれど、なかなか口を開けてくれない。
そんな私たちのやり取りを、使い魔たちは遠巻きに見守っている。
「やい、小娘! ご主人様に無礼を働くな!」
ぷんすこと怒るジルの隣で、ミカはまあまあと彼を宥める。
「このような力づくの差し入れは初めて見ましたが、ご主人様が愛されている証拠ですよ。いいではないですか」
と、眉尻を下げて微笑むのだった。
「……わかった。レティがキスしてくれたら飲むよ」
「な、なんですって?!」
お互いに一歩も譲らない状況で、不意にノエルが交換条件を提示してきた。
「レティからの贈り物を消費してしまうのは千言万語を費やしても表現し得ないほど惜しいが、ご褒美があるなら耐えよう」
「薬を嫌がる子どもか」
「嫌がるのではないよ、ただ――」
こつんと額同士を合わせられ、目を閉じると今度は鼻筋が触れ合った。
くすぐったさが胸の奥にまで伝播して頬が一気に熱くなる。
「私にとっては、レティとキスするのが何よりも効果的な回復薬なんだよ。だから宝物の回復薬を消費した悲しみを癒せる」
「うっ……が、学園ではキスしないと約束したでしょう?!」
ノエルはどうして砂糖の塊のような台詞をスラスラと吐けるのだろうか。
こっちは脳が勝手にリピート再生しただけで床の上に倒れてのたうち回りそうになるほど照れてしまうのに。
「ああ。約束は守るよ」
「~~っ」
大きな掌が頬を包む。
頬の温度を確かめるように触れているのが憎い。
「馬車に乗るまで我慢する」
だけど、溢れんばかりの愛おしさを込めた眼差しを向けられると途端にその感情は霧散してしまう。
「ええ、馬車までね」
狡賢い元・黒幕(予備軍)にしてやられたと思いつつ、抱きしめてくる夫を抱きしめ返した。




