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このたび、乙女ゲームの黒幕と結婚しました、モブの魔法薬学教師です。  作者: 柳葉うら
第五章 黒幕さんが、羨ましそうにしています
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11.黒幕はいつも背後から現れる

 その後、騎士団と魔術師団の皆様が事態を収拾してくれたおかげで、夜になる前に生徒たちをオリア魔法学園に連れて帰ることができた。


 王宮を去る前にルーセル師団長から聞かされた話によれば、アロイスは彼の影が集めた情報により、一部の貴族家が暴動を起こそうとしているのを察知していたらしい。


 そこで、彼はルーセル師団長とラングラン侯爵に暴動の阻止を命じていたそうだ。

 計画が外部に漏れないよう、少人数で進めていたため、ルーセル師団長は一族を動員して犯人らに対抗しようとしていたのだとか。

 

 ゲームの中で起きた悲劇が繰り広げられようとしていたのだと改めてわかり、ゾッとした。


(ニコラ様が負傷してしまったものの、ルーセル家の人たちが命を落とさずに済んでよかった……)


 一件落着と安堵したのだが――翌日、思いも寄らぬ事態が発生する。


「ファビウス先生、少しいいですか?」


 理事長に突然呼び止められ、驚くあまりびくりと肩を揺らしてしまった。

 錆びついたロボットのようにぎこちなく首を動かして振り返ると、またもや理事長に背後をとられている。


 全く足音がしなかったのだけど、いつから追いついたのだろうか。

 息が乱れている様子もなく、すんと涼やかな表情でこちらを見下ろしている。


「先日はサミュエルを引率してくださりありがとうございました」

「あ、いえ。ご令息を危険な目に遭わせてしまい、誠に申し訳ございませんでした」

「いいえ、あなたが守ってくださったおかげで息子は怪我一つなく無事に帰ってこられました」


 抑揚のない声が淡々と言葉を紡ぐ。


 彼の表情筋はぴくりとも動かず、もちろん目が笑っていない。

 それなのに、いつものような凄みを感じられなかった。


(だけど、怖いのには変わりないわね)


 聳え立つ壁のように近距離に迫る理事長に見下ろされると、緊張するなと言うのが無理な話だ。


 ブルブルと震えそうになる両足に力を入れる。


「もう一つ、お礼を言わなければなりません」

「え?」


 はて、なんのことやらと首を捻ってみるが思い出せない。

 勘違いかもしれないと一人で納得していると、理事長は上着のポケットから一本のガラス瓶を取り出す。


「サミュエルが回復薬をくれました。あなたの提案でルーセル嬢たちと一緒に作ったのだと聞きましたよ」


 理事長はもう一度、お礼の言葉を口にした。

 黒幕から何度もお礼を述べられる状況について行けず、うわ言のような返事をすることしかできない。


 能面のように表情を変えずに話す理事長の心の内が読めず、ただただ混乱してしまう。


「回復薬作りがよほど楽しかったようです。目を輝かせて話してくれました」


 しかしその声はどこか柔らかく、子を想う父親らしい優しさが感じられる。


「楽しんでもらえたようで、よかった――」


 そう言いかけたところで、私の声は突然現れた人物によって遮られた。


「ぺルグラン卿! こんなところにいたのか!」 


 顔を真っ赤にしたマルロー公が大股で歩み寄ってくる。


(うげっ)


 ただでさえ出くわしたくない人物なのに、今日は苛立っていて余裕が無さそうで、目を合わせるのも嫌になるような状態だ。


 理事長は目だけを動かしてマルロー公を一瞥した。

 途端に、辺りの気温が下ががっくりと下がる。


(り、理事長が怒っているわ……!)


 目の前の人物から放たれる冷気は尋常ではなく、流れ弾を受けて身震いする。


「マルロー公爵閣下、学園内で声を張り上げるのは止めていただきたい。生徒たちが委縮してしまう」

「くっ……!」


 先ほどまでの威勢はどこにいってしまったのやら、ひと睨みされるだけでマルロー公は大声を封印した。


 ぎりりと歯を食いしばっており、目に見えて悔しそうにしているが、それでもぺルグラン公爵家の当主である理事長には逆らえないようだ。


 同じ爵位を持っていたとしても、次期国王を輩出した家門となればおいそれと歯向かえないらしい。


「私から話し掛けたところ申し訳ありませんが、マルロー公爵閣下と話があるため失礼します」


 理事長は粛々と頭を下げると、マルロー公を連れてその場を去った。


(……なんだか、引っかかるわ)


 マルロー公たちが暴動を計画していたのなら、理事長もまたその計画を知っていたはずだ。

 彼らは共に手を組んでノックス王室を混乱に落とそうとしているのだから。


(それなのになぜ、危険と分かっていながらサミュエルさんを王宮に行かせたの?)


 もしものことがあれば彼は命を落としていたかもしれない。

 大切にしている息子なら、危険な場所に近づけさせさせるべきではないはずなのに。


(まさか、偶然を装って事故を……?)


 考えがどんどんと悪い方向へと歩きだしてしまう。

 そんなまさか、と否定できればいいが、そうできるほど理事長の事をよく知っているわけではない。


(もしものことを、考えておいた方がいいわ。サミュエルさんを守らなければならないもの)


 ウィザラバのゲームが始まるまで、もう一年を切ったのだ。

 この世界はシナリオ通りに運命を進めるために動いて来るだろう。


(今度もまた、上手くみんなを守れるかしら?)


 メインキャラクターたちの予測不可能な行動、少しずつ変わっている現状、そして、それを戻そうとするこの世界。


 不安がいくつも積み重なる所為で気弱になってしまう。


(大丈夫よ、きっと、今度も守ってみせるわ)


 そう自分に言い聞かせていると、ジルがドレスの裾に頭をぶつけてきた。


「小娘、大丈夫か?」


 猫が甘えるように体を寄せて、尻尾を絡めてくれている。


(猫みたいと言ったら、また怒られてしまうわね)


 ぷんすこと怒るジルの姿を想像すると、少しだけ、凝り固まった心が解れたような気がした。


「心配してくれてありがとう。少し……考え事をしてしまったわ。準備室に入りましょう」 


 魔法薬学準備室に入ると、余ったガルデニアが目に入る。

 

「どうしようかしら? 保存しても余りそうね」


 ふと、回復薬作りをした時に生徒たちに言った言葉を思い出した。

 

 大切な人に渡すといいわ。

 そう生徒たちに提案したというのに、自分は渡していなかったのに気付いたのだ。


「さてさて、久しぶりに作りましょうか」


 ガルデニアの入った籠を持ち上げ、隣の実験室へと運ぶ。

 大釜で薬をコトコトと煮込んでいる間中ずっと脳裏に浮かぶのは、受け取った時に見せてくれるであろうノエルの笑顔だった。

いつも読んでくださりありがとうございます!


このたび、『登場人物』のページを更新いたしました!

主要キャラクターたちの誕生日と、最近登場してきたキャラクターたちの詳細を追加しております。

お時間ありましたらそちらも読んでみてくださいね!


また、Twitter限定公開ストーリーに結婚後のウンディーネのお話を掲載しておりますので、息抜きに読んでいただけると嬉しいです!

https://twitter.com/yaanagiiii/status/1497758750580830208

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― 新着の感想 ―
[一言]  レティシアが作った回復薬は、ノエルだけでなくファビウス家のお義父様お義母様、オルソンにも渡りそうな気がする|д゜)チラッ
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