09.胸騒ぎが止まらない
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「校外学習以来ですね。また会えて嬉しいです」
アロイスがにこやかに微笑みかけてくれる。
推しの笑顔を拝めて嬉しいが、先程から胸騒ぎがして止まない。
「本日はルーセル師団長に話があって来たのですが、ファビウス先生がいらっしゃると聞いてお邪魔しました」
「そ、そう。私もまた会えて嬉しいわ。忙しいでしょうに、会いに来てくれてありがとう」
魔術師たちが狙っているアロイスが目の前にいる以上、彼を守るのが最優先事項で、もはや魔術師探しどころではないような気がする。
(だけど……、何かが引っかかるわ)
まず違和感を感じたのは警備の薄さだ。
王太子がいるというのに護衛騎士の姿が見当たらないが、扉の外にいるのだろうか。
気配を消しているだけで、扉の外に控えてくれているといいのだが、それがわからないため心もとない。
確かめるべく扉に歩み寄ると、サラに呼び止められる。
「ファビウスせんせー? どうしたの?」
「あ、ええと、実は魔法薬学準備室の妖精たちがついて来ていて、施設の外にいるのよ。あの子たちの様子を見に行ってくるわ」
妖精たちとは後ほど合流する予定だったが、外に騎士が居なければ計画を変更するしかない。
魔法で合図を送り、合流できないと伝えよう。そうすれば、妖精たちが助けに来てくれる手筈になっている。
不測の事態に備えてプランBを用意しておいてよかった、と心から安堵した。
ホッと胸を撫で下ろしつつ、いざ行かんと意気込んで扉に手をかけると、なぜかアロイスに手で制されてしまう。
「妖精たちのことはお気になさらず。ここに来る途中に声を掛けたので、今頃は王城の中を探検しているでしょう」
「探検……?」
「ええ、せっかくなのでセザールに案内をさせています。みんな嬉しそうにして彼について行きましたよ」
「え、ええ~っ?!」
妖精たちが私との約束をそっちのけで王城探検に行ってしまうなんて……十分にあり得そうな事態だ。
そもそも妖精たちは気まぐれな生き物だから、約束を絶対に守らないといけないといった考えはない。
本能と好奇心に従順で、楽しいことに目がないのだ。
「ほほほ。それでは妖精たちが戻ってくるまでの間、みんなでお茶にしよう」
そのままルーセル師団長の提案に流されてしまい、施設から出る機会を失ってしまった。
(どうしよう……。このまま何もせずに帰るわけにはいかないけれど、抜け出す隙がないわね)
サラとアロイスとルーセル師団長が絶え間なく話を振ってくるものだから、席を立つ隙すらない。
ほとほと困り果てていると、窓の外から轟音が聞こえ、窓ガラスが微かに揺れた。
「外が騒がしいですね?」
「ああ、魔物討伐に向けた演習を行なっているんですよ」
ニコラ様は何でもないように答えているけれど、演習がこんなにも激しくて大丈夫なのだろうか。
演習だというのに地響きや空気を裂くような音が聞こえており、外で熾烈な戦いが繰り広げられているようだ。
こんなにも本格的だと、肝心の本番までに体力やら魔力やらが消耗してしまいそうで心配になる。
「そーです! 今日もみんな張り切ってますね!」
サラが大袈裟なほど頭を縦に振って合いの手を入れる。
(サラもこういった演習に参加しているのね)
これまでは普通の学生のように過ごしていたのに、卒業後には急にこのような熾烈な演習を経験しなければならないなんて、この世界は前の世界と比べてハードモード過ぎる。
「本格的な演習ですね。見学してもいいですか?」
サミュエルさんは演習に興味津々のようだ。
もとよりサミュエルさんが希望して一緒に宮廷魔術師団に来たのだから、魔術師の仕事についてもっとよく知りたいのかもしれない。
「ルーセル師団長、演習の見学は可能性でしょうか?」
「願いを聞きたいところだが、危ないから見学はできないのだよ。万が一のことがあるかもしれないからね」
生徒の願いを叶えてあげたいところだが、危険な場所に連れて行くわけにはいかない。
サミュエルさんには申し訳ないけれど、これ以上交渉することはできない。
「こちらこそ、我儘を言って申し訳ございません」
そう謝罪の言葉を口にしたサミュエルさんの視線が、窓辺へと移る。
「もしかして、窓辺に居るあの人たちは――魔物役をしている方たちですか?」
「え?」
皆の視線が一斉に窓の外へと移る。
いつの間に現れたのか、真っ黒な装束を着た人影が窓ガラスに張り付くようにしてこちらを覗いているのだ。
「~~~~っ!」
ホラーゲームさながらなおぞましい登場を目の当たりにし、声にならない悲鳴を上げてしまった。
「ちっ! 変装に気付かれていたのか!」
ガタリと音を立て、ニコラ様が乱暴に立ち上がる。そのまま素早く呪文を詠唱した。すると、窓の外にいる人物らの周りに風魔法が起こる。
「こ、攻撃されるわ!」
外にいる人物らもまた何やら呪文を詠唱しており、火炎魔法が放たれた。
魔法はそのままこちらに迫り来て、窓ガラスを割ってしまった。
(一体、何が起こっているの?)
もはや演習ではないだろう。
室内には緊張感が満ちており、アロイスやルーセル師団長はもちろん、いつもは飄々としているサラさえも、警戒しているような表情になっているのだ。
「リュフィエ! アロイス殿下とファビウス先生たちを避難室に連れて行ってくれ! ここは私と師団長が食い止める!」
「はい! みんな、私に続いて来てください!」
サラが扉を大きく開ける。
(生徒たちを守らなければならないわ。でも、ルーセル師団長とニコラ様を残してしまったら、二人はどうなってしまうの……?)
ゲームのような展開になってしまうのではないかと、際限なく不安の波が押し寄せてくる。
迷っている私に、サミュエルさんが手を差し出してくる。
「ファビウス先生、行きましょう」
「え、ええ。でも……――!」
彼の背中越しに、黒い装束の人物のうちの一人が、サミュエルさんに狙いを定めて詠唱しているのが見えた。
「ぺルグランさん!」
防御魔法を使うにはもう手遅れだ。たとえ発動させても、彼らの攻撃魔法を防げるのかも定かではないだろう。
こうなったら、助ける方法は一つだけだ。
サミュエルさんの腕を引いて抱き寄せ、放たれる攻撃魔法から彼を守った。
ちなみに、ニコラ様はサラと同じ部隊に所属しています。
面倒見がよくて優しいため、「クララ(セザール)とはぜんぜんちがーう!」と言っているようです。




