07.忍び寄る影
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それからまた魔法を注ぐ工程があり、リアは少し苦戦したものの、なんとかやり遂げた。
「みんな、お疲れ様。初めてなのに上手くできていてすごいわ!」
回復薬が完成し、実験室の机の上には回復薬が入っているガラス瓶がたくさん並ぶ。
同じ材料を使い、同じ色をして同じ形の瓶の中に入っているのに、回復薬の色は人それぞれで個性を感じられるのが面白い。
優しい色合いの回復薬はエリシャで、その隣にあるバージルの回復薬には深みがある。リアの回復薬は鮮やかな色味で、サミュエルさんの回復薬は標準的な色合いだ。
「瓶が冷めたら持ち帰れるから、大切な人に渡すといいわ」
今回作った回復薬は花がついているガルデニアから作ったものだから中級回復薬ぐらいの効果があるはずだ。
自分で使うのもいいけれど、贈り物としても喜ばれるだろう。
すると、バージルが突然椅子から立ち上がると、瓶を手に取ってエリシャに押し付けた。
「全部やるよ。エリシャはガキの頃からよく風邪をひいているから、たくさん持っておけ」
「で、でも……わたくしなんかより渡すべき相手がいらっしゃるのではないですか?」
「お、俺は別に、あげたい奴なんていねぇからよ!」
その言葉からは、「エリシャ以外には」というバージルの心の声が聞こえてきたような気がしてニヤついてしまう。
エリシャは少し戸惑っているものの、破壊力抜群の可愛い笑顔で礼を言って受け取った。
(青春ね。二人にいい思い出ができてよかったわ)
若者たちの甘酸っぱいやり取りを見て和んでいると、エリシャがくるりと振り返る。
目が合うと、自分が作った回復薬を私に手渡してきた。
「ファビウス先生! わたくしが作った回復薬をミカ様に渡していただけませんか?!」
「え、ええ、わかったわ」
予想はしていたが、エリシャは「大切な人」と聞いて一番にミカのことを思い出したらしい。
こわごわとバージルの方を見ると、エリシャがミカに回復薬を贈ると聞いて撃沈し、打ちひしがれている最中だ。かける言葉が見つからない。
健気なバージルには悪いが断ることはできず、エリシャの頼みを聞くことにした。
「ルーセルさんの外出届を申請するので、週末には一緒に王宮へ行ってリュフィエさんに渡しましょうね」
「はい! ありがとうございます!」
サラに会えるのがとても嬉しいようで、リアはソワソワしている。
可愛いな、と思って見守っていると、急に目の前に回復薬の瓶が差し出された。
その瓶を持つ手の先を見ると、サミュエルさんがにっこりと微笑みかけてくれている。
「僕はファビウス先生に贈ります」
「あら、私でいいの?」
「ぜひファビウス先生に受け取っていただきたいです。いつもお世話になっているので、感謝の気持ちを贈らせてください」
「ふふ、とても嬉しいわ。ありがとう!」
まさか自分がもらえるとは夢にも思っていなかったもので、サミュエルさんの気遣いと温かな言葉が心に沁みる。
「残りの回復薬は誰に渡すの?」
「父上に贈ります。喜んでくれるといいのですが……」
「きっと喜ぶと思うわ。ぺルグランさんの心が籠った贈り物ですもの」
職員室で聞いた噂によると、理事長は学園に来ると必ずサミュエルさんと会っているらしい。
(そう言えば、材料集めのときはサミュエルさんが行きたいと言ったらすぐに許可を出していたわね)
続編の黒幕だから警戒しているものの、サミュエルさんに接する理事長は子ども想い父親のように見えるから拍子抜けしてしまう。
サミュエルさんは理事長を慕っているようだから、実際にいい父親なのだろう。
(理事長もノエルの時のように止めることができたらいいのだけど……)
ノエルが闇落ちするきっかけになったのは、ロアエク先生の死。
それは私が前世の記憶を思い出して間もなく起きる予定の出来事だったから未然に防ぐことができたが、理事長の場合はすでにきっかけとなる出来事が起きてしまっていて防ぐことができなかった。
どうにか彼の心を復讐から逸らせられるといいのだが、その方法が思いつかない。
(サミュエルさんがきっかけになって復讐を止めてくれるといいのだけど……)
そう願うものの、ゲームに登場しなかったサミュエルさんのことは知らないことが多く、この先どうなるのかすらわからない。
ゲームに出て来なかったということは、この先最悪な事態が待っているのではないかと、嫌な予感がしてならないのだ。
(絶対に、サミュエルさんを無事に卒業させてみせるわ。ゲームが描くシナリオから守るのよ!)
と、己を鼓舞していた矢先に緊急事態に直面する。
リアたちが寮に帰り、温室の薬草たちを世話した帰りに庭園を通りかかると、またもやマルロー公を目撃してしまったのだ。
垣根の陰に隠れて見てみると、今回はもう一人、知らない男性を連れている。
どうやら家臣のようで、貴族らしい服装だが、マルロー公の顔色を窺ってはあたふたとしている。
「それで、どれくらいの魔術師が逃げ出したんだ?! まさか、全員ではないだろうな?!」
「ひいっ! ぜ、全員ではないのでご安心ください!」
「この状況で、どうしたら安心できるのだ?!」
マルロー公は怒りで顔を真っ赤にし、プルプルと震えている。
魔術師が逃げ出した、という言葉が妙に引っかかる。
「悪夢に怯えるとはまるで子どものようだな。ああ、これだから外れ者は使えない!」
よほど腹を立てているようで、地面を強く蹴った。
足元にあった花たちが無残に踏みつけられるのは見ていて腹立たしくなる。花たちには何の罪もないのに、当たり散らすなんてあんまりだ。
「残った奴らが逃げ出さないよう魔術で契約を交わしているのでご安心ください」
「ふむ。それなら確かに安心できるな。破れば奴らの命はない。そのまま王宮に潜伏させろ。時が来たら王太子を襲うように指示しておけ」
「すでにできております。王宮の下人の中に紛れ込ませました」
垣根を通して聞こえてくるおぞましい計画に耳を疑った。
(まさか、暴動を起こすのはマルロー公たちだったなんて……!)
このままではゲーム通り、アロイスやルーセル師団長たちの身に危険が及んでしまう。
アロイスの護衛を強化してもらって、王宮内では魔術の使用に制限をかけてもらわないといけない。
(でも、どうやって伝えよう?)
公爵の身分を持つマルロー公が謀反を企てていると言ったところで、王宮の人たちが信じてくれるのか疑わしい。
ゲームでそうなっていたから、と説明したところで、みんながノエルのように信じてくれるとは思えない。
悩んでいると、マルロー公たちの足音が近づいて来る気配がした。
慌てて隠れる場所を探していると、ジルが尻尾でドレスの裾を叩いてくる。
「小娘! ここに隠れるぞ!」
そこは小さくて狭くて、猫一匹がやっと入れるくらいの空間だ。
「そんな狭い場所は無理よ!」
「くそっ、俺様が奴らの気を引くしかないようだな……!」
ジルがフンと鼻息を荒く吐いて気合を込めたその時、足元に冷気のようなものが流れ込んできてぞわりとする。
王宮植物園に行った日に感じたものと同じ、重く禍々しい気配。
「小娘!」
走り寄ってきたジルが私を庇うようにして前に立つ。
すると、私たちのすぐ目の前で地面から無数の植物が芽吹き、瞬く間に成長して植物の壁となった。
「この植物、黒い花をつけているわ……。形はガルデニアに少し似ているけれど、黒いガルデニアなんて聞いたことがないから新種かしら?」
「おい、小娘。興味本位で触るなよ。この植物からも不吉な気配がするんだ。触れば何が起こるかわからない」
「うっ、わかったわよ」
本音を言うとこの未知なる植物をくまなく調べてみたいのだけど、ジルがノエルに言いつけたらまた厄介なことになりそうだから、我慢するしかなさそうだ。
ジルと一緒に息を凝らして身を潜めていると、マルロー公とその家臣たちは新しくできた植物の壁に気付くことなく目の前を通り、立ち去って行った。
ほどなくして植物はふっと姿を消し、辺りには花弁の一枚すら残っていない。
「あの花、何だったのかしら?」
しゃがんで地面に触れようとしたその時、伸ばした手は視界の横から現れた大きな手に取られてしまう。
見慣れたその手は優しい力で私の手を握りしめる。
「レティ、地面に触れてはいけないよ。魔力が残っていたら危ないからね」
顔を上げればノエルがいて、私を拘束するようにしっかりと抱きしめた。
ここまで駆けつけて来たのか、息が上がっている。ノエルの胸に顔をつけた状態であるため、耳にはノエルの荒い息遣いが聞こえてくる。
「無事でよかった。またよからぬ気配がしたとジルから聞いて、生きた心地がしなかったよ」
そう言って、ノエルは私の頭に口付けた。
「レティを守るには命がいくつあっても足りないかもしれないな」
「失礼ね。私が無茶ばっかりしていると言いたいの?」
「本当のことでしょ?」
言い返そうとすると、ノエルの指が私の唇に当てられる。
そっと触れるような力加減で、ついとなぞられた。
「マルロー公たちとは関わらないでくれ。彼らはレティが思っている以上に厄介で危険なんだ」
「むぅ……」
不満を伝えるべく睨めば、ノエルは眉尻を下げて困り顔になる。
「睨まれても譲れないよ。レティに何かあったら、私は平静でいられなくなるんだ。それを覚えておいて」
ノエルが心配してくれているのはわかっている。
私のことを何よりも大切にして、安全な場所で幸せに暮らすことを一番に考えてくれていることもまた、わかっている。
(だけどね、私だけが安全な場所で幸せになることを望んでいないのよ)
ノエルはもちろん、生徒たちや卒業生、それに家族や義家族、周りの人たちが、シナリオに巻き込まれてしまうのをただ黙って見てはいられない。
心配してくれているノエルには心の中で謝罪しつつ、マルロー公からアロイスたちを守る方法を模索した。




