06.回復薬作りに大切なのは愛情と根気、最後に魔力
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材料が揃えば、後は作るのみだ。
放課後にリアとサミュエルさんを実験室に招き、回復薬作り教室を始める。
偶然にも準備中にエリシャとバージルが魔法薬学準備室に遊びに来てくれたから、二人も誘って五人で作ることになった。
「あ、あの。お邪魔してすみません……」
飛び入り参加に引け目を感じたのか、エリシャはまごまごと謝罪の言葉を口にする。
魅了の呪いの所為で人と接するのに臆病になっていたエリシャは、同級生たちと仲良くしたいものの、どのようにして馴染めばいいのかわからず距離を測りかねているらしい。
(それに、リアとサミュエルさんの二人の身分を気にして萎縮しているようにも見えるわ)
学園が身分の壁を取り払っていると謳っていても、最近まで貴族令嬢だったエリシャは、どうしても身分の差を意識してしまうのかもしれない。
一方で、彼女の隣に居る第三王子はエリシャとの身分の差なんて全く気にしていない。
ついでに言えば、自分たちが飛び入り参加であることもまた気に留めていない。
「気にするな。アイツが俺たちを呼んだんだからエリシャが謝る必要はない」
そう言って、我が物顔で椅子にどっかりと座って腕を組み、回復薬作り教室の始まりを悠然と待っている。
「バージル殿下、先生をアイツ呼ばわりするなんて品性と礼儀を欠いていますよ。慎んでください」
と、サミュエルさんに注意されると「うるせぇな」と悪態をついており、エリシャとは対照的な態度だ。
エリシャとバージルを足して二で割ったら丁度よさそうだと思ってしまう。
「さあ、喧嘩していないで下ごしらえするわよ!」
まずは花と葉を分け、葉を大釜の中に入れる。
分けた花は火を止めて冷ましている間に入れておくと香りがよくなるから、捨てずにとっておく。
「うんうん、みんな手際がいいわね」
ただひたすらに葉をちぎる単純作業は好き嫌いが分かれる。
バージルは苦手なようで、数枚の葉を鷲掴みして引き抜こうとしていたから止めた。
「そこ! もっと気持ちを込めなさい!」
「うるせぇな。ちぎればいいんだろ?」
「いいえ、ただ作るだけでは回復薬は本来の効力を発揮できないの」
これは、幼い頃にお世話になった薬師ギルドのギルド長ことマルティさんの教えだ。
「回復薬作りに大切なのは愛情と根気、最後に魔力よ!」
「魔力が一番大切だろ?!」
「いいえ、相手を治したいと思う心もまた、回復薬の大切な材料なのよ」
丁寧に、そして思いやりを持って薬を作りなさい。
大切な人が元気になれるように、誰かの大切な人の怪我や病気が癒えるように――。
薬の製造には細心の注意が必要であるからそのように言われているという説があるが、「思いやる心が魔力に作用して回復薬を作っている」と唱えている学者たちもいる。
「さて、準備ができたからガルデニアを煮ましょう。水を入れながら回復魔法をかけるのよ」
月の光に一晩中晒した水を大釜の中に入れる。
(ここで第一関門を突破しないといけないわね)
ちらりとリアを見てみると、緊張しているのか、ごくりと唾を飲みこんでいるのが見えた。
(あらあら、力んでしまっているわね。リラックスさせないと――)
声を掛けようとしたが、リアの目の前にある大釜から火山の噴火の如く液体が噴出した。
(なぜ?!)
回復薬作りは怪我人が出ることの無い極めて安全な魔法の練習なはずなのに、どういうわけか、彼女の大釜は猛威を振るっていて危険だ。
(……おかしい。平和に終わると思っていた回復薬作りに、命の危機を感じたわ)
防御魔法を発動させてみんなを守りつつ、吹き出た液体を全て大釜の中に戻す。
「ルーセルさん、回復魔法をかける時は力まず心を落ち着かせましょう」
「……どうしても、魔法を使う時に力が入ってしまうんです」
力が入ってしまうのは、上手く魔法を使えなければならないというプレッシャーの所為だろう。
それならば、別のことでプレッシャーから意識を逸らさせるしかない。
「う~ん……それなら、イメージをしつつ魔法を使ってみましょう。水面にそっと触れるような力にするの。波紋ができないように、触れるか触れないかの力で注いでみて」
リアはもう一度大釜の中身に回復魔法を注ぐ。
またもや爆発が起きたが、先程よりは威力が弱まっている。
「ルーセルさん、ちゃんと調節できているわよ! その調子でもう一度かけてみましょう。大切なのはイメージよ」
リアは次第に感覚が掴めてきたようで、何度か回復魔法をかけていくうちに爆発の威力が弱くなっていった。
励ましつつ見守っていると、ついに大釜が静かなまま回復魔法をかけ終える。
「完璧よ! その感覚を忘れないでね」
そう言うと、リアは黙ってこくりと頷き、自分の掌を見つめる。
放心しているようなリアに、エリシャとサミュエルさんが拍手を贈って頑張りを称えた。
「私……魔力を調節できたんですね」
「ええ、できていたわよ」
「ううっ……ひっく……」
「ルーセルさん?!」
リアは両手で目元を覆い、嗚咽を漏らして泣き出してしまった。
「ずっと、不安だったんです。卒業するまで――卒業してからも、魔力を調整できないんじゃないかと思うと怖くて仕方ありませんでした」
実家が魔術師家であるリアにとって、それはとてつもない地獄だっただろう。
(ゲームの中のリアは魔術具を使って、魔力を調整できないのを誤魔化していたわね)
その魔術具が暴走して命を落とすルートが存在していたのだから、今ここで彼女が魔力を調節できるようになったのは、バッドエンド回避に向けた大きな一歩になったと思う。
泣いているリアを宥めつつ安堵していると、エリシャがやって来てリアにハンカチを渡す。
「ルーセルさん、よ、よかったらこれを使ってください」
どうやらもらい泣きをしたらしく、エリシャは涙声になっている。
目にはうっすらと涙が滲んでおり、今にも零れ落ちそうだ。
「終わりの見えない恐怖を抱え続けるのは、苦しくて不安でならなかったと思います。絶望に心を擦り減らされるような、そんな日々を過ごされたことでしょう」
エリシャはリアの話を聞いて、魅了の呪いに苦しめられ続けていた日々を思い出したのかもしれない。
「だけど、そんな不安を乗り越えたんですね! おめでとうございます!」
「わーん! ありがとう!」
ヒロインと悪役令嬢は手を取り合ってわんわんと泣いた。
その間、バージルはエリシャの涙に動揺しておろおろとしており、サミュエルさんはにこにこと微笑んで二人を見守ったのだった。




