04.回復薬の材料と不穏な噂
久しぶりにダヴィッドさん(ドナ)がログインしました。
回復薬の材料となるガルデニアを実家から少し分けてもらおうと連絡したところ、世間でガルデニアの買い占めが起こっていて品薄らしい。
そのような状況で分けてもらうのは気が引け、バルテ商会に頼むことにした。
「メガ――ファビウス先生、頼まれていた品を持ってきましたよ」
バルテ商会に手紙を送ると、翌日にはすぐにドナの従兄のダヴィッドさんが持って来てくれた。
鳶色の髪に金色の瞳を持つダヴィッドさんはドナによく似ていて、ドナが遊びに来てくれたのだと錯覚してしまう。
「ありがとうございます。ガルデニアの買い占めがあると聞いていたので手に入るか不安だったのですが、さすがバルテ商会さんだと何でも揃えられますね」
「ん~、今起こっている買い占めはちときな臭いので、ウチはご新規さんやこれまでにガルデニアの取引が無かったお客様には販売しないことにして確保しているんですよ」
「きな臭い……?」
薬草の買い占めにきな臭いことなどあるのだろうか。
そんな疑問が顔に出ていたらしく、ダヴィッドさんは小声で「うちの会長が、戦争や暴動の予兆だと言って心配しているんです」と教えてくれた。
「なんせ、商人たちの間では『鉄とガルデニアが市場から消えれば戦争の足音が聞こえてくる』という言葉があるくらいですからね。戦争において回復薬は必需品。その材料が品薄になっているということは、よからぬことを考えている連中が居るのでしょう」
「王族や騎士団はその事を知っているんですか?」
「ええ、大陸イチ優秀な偵察部隊が居るので知っていますよ」
何故かダヴィッドさんが誇らしげに断言する。まるで自分のことのように得意気だ。
「それなら、争いが起こる前に止めてくれることを願うばかりです。宮廷魔術師団に所属している教え子が遠征を控えていますから、何事も起こらないでほしいものです」
そう口にした途端、ダヴィッドさんの表情が一瞬だけ揺らいだように見えた。
「宮廷魔術師団が遠征を? リュフィエのことですか?」
食い気味で尋ねられ、少したじろいでしまう。
「あの、もしかしてお知り合いですか?」
「え、えっと、俺は――そ、そうです。宮廷魔術師団にも商品を届けているから、顔なじみなんです」
サラはコミュ力が高いから、ダヴィッドさんともすぐに友だちになれたのかもしれない、と一人で納得する。
(ダヴィッドさんにも面白いあだ名をつけていそうね)
そんな彼女を想像すると、先程まで不穏な話をしていたのにも拘わらず、心が和んだ。
「あいつは……元気そうにしていましたか?」
「ええ。昨日ここに来ましたが、遠征に張り切っているようでした」
「……よかった」
安堵の表情を滲ませるダヴィッドさんは、まるで彼女に恋をしているかのようだったが、そう伝えるのは止めておいた。
それからしばらく世間話をしてから、バルテさんと別れる。
バルテさんはこれから学園長に腰痛の薬を届けに行かなければならないらしい。
(今朝の職員会議で見た時は腰を痛めているように見えなかったのだけど……、もしもの時のために常備したいのかしら?)
去り行くバルテさんに手を振りつつ、学園長の腰を案じた。
「さてさて、魔法薬学準備室に運びましょうかね」
花をつけた状態のガルデニアを籠いっぱいに用意してくれたのは嬉しいけれど、わりと重いので運ぶのに苦労する。
ひいふうと息をしながら運んでいると、中庭の方から話し声が聞こえてきた。
聞き覚えの無い男性の声で、恐らく学園の関係者ではない。
そろりと覗けば、影が二つ。
片方は理事長で、もう片方はでっぷりと太った中年の男性だ。
(理事長と……誰?)
男性は豪奢な服装で、貴族なのが一目でわかる。
おまけに、彼が手を動かせば指につけている無数の指輪がギラギラと輝くのだ。
(思い出した! あの印象的なシルエットは、マルロー公だわ!)
第一王子側についていた過去があり、メアリさんのお父様を追放した、かの悪名高き公爵家の当主。
以前、舞踏会でちらっとだけ見かけたことがあるから、記憶に残っていたようだ。
(学園に何をしに来たのかしら? 彼の子どもは在籍していないから、目的は理事長のようね)
黒幕と腹黒貴族一緒にいるから不吉な予感がして止まない。
このまま話を立ち聞きして探ろうと、息を潜めて壁の影に隠れる。
二人の会話に耳を澄ませていると――不意に、肩を叩かれた。
「ひぎゃっ!」
驚きのあまり変な声を出してしまった。
肩に触れた手に視線を落とし、ゆっくりとその先を辿れば、いつの間に現れたのか、サミュエルさんが隣に立っているのだ。
「ぺルグランさん! こんなところで会うなんて奇遇ね」
「ふふ、驚かせてしまってすみません。――ところで、こんなところで何をしていたんですか?」
眼鏡の奥にある赤い瞳が、ゆっくりと動いて背後に居る理事長たちの姿を捕らえた。
「父上たちが話しているから通るに通れなかった……のでしょうか?」
穏やかな声がかえって緊張感を煽ってくるものだから、心臓の音がけたたましく鳴っている。
「に、荷物があまりにも重くて休憩をしていたのよ。理事長があんな所に居たのね。気付かなかったわ! 挨拶しなきゃ!」
苦し紛れな言い訳をすると、サミュエルさんがひょいと籠を持ち上げる。
「父上はお取込み中のようですし、話し掛けない方がいいでしょう。荷物は僕が運びますね。場所は――魔法薬学準備室でいいですか?」
「え、ええ……ありがとう」
華奢な体つきのサミュエルさんだが、意外と腕力があるらしく、籠を軽々と運んでいる。
「この薬草、授業に使うんですか?」
「いいえ、ルーセルさんと一緒に回復薬を作るのに使うのよ。彼女の魔法の練習も兼ねて、一緒に作ることになったの」
「魔法の練習……ですか。ルーセルさんの為だけに用意したんですね」
正確に言うとサラの為でもあるのだけど、訂正しようとした言葉は、サミュエルさんの言葉でかき消されてしまった。
「僕も一緒に作ってもいいですか?」
「え? いいけど……回復薬作りに興味があるの?」
材料はダヴィッドさんがおまけしてくれたおかげで余るほどあるため、一人や二人増えたところで問題はない。
そんなことを考えていると、サミュエルさんがくすくすと笑う声が聞こえてくる。
「違いますよ。ファビウス先生に興味があるんです」
「なっ……?! 私に?」
薄くて形のよい唇の端を微かに上げて微笑む姿はどこか妖艶で蠱惑的で、別人のように映った。
サミュエルさんは光属性で天使のような生徒だと思っていたのに、意外と意地悪な一面があるらしい。
これだから乙女ゲームの世界は油断ならない、と内心溜息をつく。
「さては、揶揄っているわね?」
じっとりと睨むと、サミュエルさんは少し慌てているような素振りを見せた。
「本気ですよ? ファビウス先生の授業が好きなので、今からとっても楽しみです」
「そ、そう言ってくれると嬉しいわ」
さっきの表情が頭から離れなくてしどろもどろに返事をしてしまう。
こうして、サミュエルさんも回復薬作りに参加することになった。