03.夫の羨望
「ファビウス先生、お話を聞いてくださってありがとうございました!」
「私でよければいつでも話に来てね」
リアが部屋を出ていくと、ノエルが「待っていました」と言わんばかりの表情で、買ってきたばかりの花束を渡してくれた。
「ありがとう。砂糖菓子のように可愛らしい花ね」
今日の花束はパステルカラーでまとめられている。
花弁が多い淡いピンクの花に、スイートピーのような見た目の水色の花と、可愛らしい黄色の小花で作られた花束が甘い香りを放つ。
受け取って花の香りを楽しんでいると、ノエルがずいと顔を近づけてきた。
「レティ、どうしてリア嬢と一緒に回復薬を作ろうとしているんだ?」
花越しに見るノエルはとても絵になる。
こういうスチルがありそうだ……なんて、考えてしまった。
「リアには魔力の調整が必要だから、ちょうどいいかもしれないと思ったのよ」
回復薬の製造に使用する魔法なら暴走しても被害が少ないからリアが心配することもないし丁度いい、と説明する。
「なるほど。画期的で素晴らしい案だ。さすがはレティだね。魔術省の同僚たちに自慢して回りたいよ」
と、褒め上手な夫はこれでもかというくらい称賛してくれる。
「魔法の習得度を上げることで、シナリオが描く悲運からリア嬢を救い出すつもり、なんだね?」
「ええ、魔法がどうにかなればナルシスとの仲違いに歯止めをかけられるかもしれないと思っているの。問題は、彼女の家族のことだわ……」
次期国王――アロイスが即位することへの暴動を予期したルーセル一族は、彼の護衛を買って出る。そして文字通り死闘を繰り広げて命を落とした。
「ゲームではぼんやりとした説明しかなかったから、具体的にどの家門の仕業なのかわからないのよ」
「ああ、そのことか。問題ないよ」
「……はい?」
これから始まるであろう恐ろしい暴動の話をしているというのにノエルは悠然と紅茶を飲んでいる。
なんとお気楽な、と呆れてしまった。
「ルーセル家は影響力があるから疎ましく思う家門もいるんだ。だから混乱に乗じて彼女の両親や師団長を葬る計画がされているのかもしれないね」
「そんな……! ねぇ、どの家門がルーセル家を狙いそうなのかわかる?」
さすがは元・黒幕(予備軍)というべきか、普通には出回っていない情報を持っているらしい。
それなら犯人を特定して、お義父様やカスタニエさんに相談して未然に防いでもらおう。
しかしノエルは答えてくれず、ついと視線を逸らしてしまう。
「秘密。教えたらレティが近づきそうだから言えないよ」
「だけど、師団長たちの命がかかっているのよ?!」
これから起こる悲劇を知っているのに、彼らを見殺しにしたくない。そんなことをすれば死ぬまで後悔してしまうだろう。
「大丈夫だよ。ルーセル師団長たちは私が守るから、レティはリア嬢に付き添っていてくれ」
「ま、守るって……どうやって?」
「ちょうど魔術省の案件があるからついでに片付けておくよ」
「片付ける……」
始末する、とも聞こえるのは幻聴なのだろうか。
どことなく不穏な空気が漂い始めてしまい、どこが大丈夫なんだ、と不安を覚える。
手元にある花束から、場違いのように甘い匂いがふわりと香る。
「平和的な解決をするから怖がらないで。ね?」
「全く信用できないくらい笑顔が怖いわよ?」
それはまるで、丸二日煮詰めた変身薬のような、どこまでも黒い笑顔なのだ。
本人は平和的な解決と自己申告しているけれど、数人が命を落としそうな気がしてならない。
「レティが居る限り、黒幕になんてならないよ」
花束を持つ手にノエルの手が重ねられる。
壊れ物に触れるように優しく包み込んでくれた。
「善き夫としてレティを甘やかし、二人で平穏な日々を送るのが私の切な願いだからね」
(うう、甘い……)
さらりと言いのけられる甘ったるい台詞の所為でとてつもなく胸がこそばゆい。
もうキャパオーバーかもしれない。そのうちいつかは本当に口から砂糖を吐いてしまいそうだ。
「ところで、どうしてリュフィエの遠征の話を聞いて回復薬のことを思いついたんだい?」
「う~ん、前世で旧作のゲームをしていた時に、差し入れで回復薬を渡すイベントがあったのを思い出したのよね」
「差し入れ……」
「ええ、それで私はいつもアロイスに渡していたわ」
ノエルは初めて聞いた名前を復唱するように口にする。
何故か、紫水晶のような瞳でもの言いたげに、ちらちらと視線を投げかけてくるのだ。
「だから、サラを応援するための差し入れに回復薬がいいと思ったのよ――って、どうしたの?」
「アロイスに……か。私も……、いや……」
何やらもごもごと言っており、いつもの落ち着き払っているノエルらしくない。
「その……応援を――」
そこまで言って言葉を切り、あざとい眼差しを向けてくる。
(もしかして、ノエルはアロイスに回復薬を渡したことを気にしている?)
あれはゲームの中での出来事なのだけど、ゲームの無いこの世界で生きてきたノエルにとっては、それが仮想的な出来事であるといった考えが無いのかもしれない。
(ノエルは一緒に推し活できなかったのを寂しがっているのかもしれないわ)
どうしたものか、と悩んでいると、閃きが降りてきた。
夫婦円満の為の、いい作戦を思いついたのだ。
その名も、【今からでも遅くない! 推し活を共有して二人ともハッピー☆作戦】!
私がゲームで体験した推し活をノエルにもしてもらって、一緒に推し活を楽しもう。
「……わかったわ。ノエルも一緒に作りましょう!」
「え?」
「アロイスに差し入れする回復薬を作るのよ!」
我ながら名案だと思ったのだけど――。
「なぜ、そうなる……」
ノエルは力なく呟くと、がっくりと肩を落として項垂れた。
「レティ、薬を王族に贈るのは難しいと思うよ。王室御用達の薬師でない限り、アロイスの元に届けられないよ」
と、欠片も夢が無いド正論で断られてしまった。
計画は失敗したようだ。
改善策を練って、次こそノエルと二人で推し活を楽しもう。
ノエルは参加してくれないが、リアと約束を果たすために回復薬作りの準備をすることにした。
自分にも回復薬を作って欲しいと、アロイスをうらやむノエルでした。




