09.ハプニング
「サミュエルさんは私の後ろにいて!」
魔物の前に立ちはだかり、サミュエルさんを隠す。
この魔物は続編のゲームで学園に出て来て、エリシャを襲っていたのを覚えている。
ゲームではバージルが火炎魔法を使っていたけれど、森の中で火を飛ばして攻撃すれば森林火災になりかねない。
ひとまず氷魔法で攻撃をしたが、当たっても魔物はケロリとしている。
「全然効いてない?!」
自分の戦闘能力の低さに落ち込んでしまう。
女神様、どうして私は非力なモブなのでしょうか。
「小娘、逃げろ!」
「ダメだ! 愚鈍の足では追いつかれる!」
少し離れた所にいるジルとトレントが、助けようと駆けつけれくれるけれど、魔物は私たちを狙ってどんどんと近づいて来る。
何度も攻撃魔法を放っても、魔物は少しも足を止めない。
赤い瞳が私の背後を捕らえた。
(サミュエルさんを狙っているんだわ!)
どうにかして守らなければ。
その一心で攻撃魔法を発動させようとした刹那、魔物が急に踵を返して逃げだしてしまった。
「えっ? どうして?」
助かったのには違いないが腑に落ちない。
(気のせいかしら……?)
一瞬だけ、魔物がひるんだように見えたのだ。
私の後ろを見て、サミュエルさんを狙おうとしていて、そして――。
振り返ると、サミュエルさんと視線がかち合う。
優等生の彼には珍しく、ぼんやりとした表情で私を見ている。
「ぺルグランさん、大丈夫?」
先程の戦闘で風魔法を発動させたためか、髪が乱れている。
無防備な姿がエメを彷彿とさせ、つい彼の髪に触れて直してしまった。
「あ、勝手に触れてごめんなさい」
「い、いえ。気にしないで……ください」
サミュエルさんは前髪にそっと触れた。
微かに目元が綻び、まるで頭を撫でてもらった子どものように嬉しそうな表情を見せる。
(ゲームのキャラクターではないからサミュエルさんの過去を知らないけれど……なんだか気になってしまうわね)
まさか理事長から虐げられてきたのでは、と憶測が浮かぶが、二人のやり取りを見る限りその可能性はゼロに等しい。
「ファビウス先生、守ってくださってありがとうございました」
「お礼を言ってもらうようなことはしていないわ。魔物が勝手に逃げてしまったもの」
私たちは無事だったとはいえ、このまま放っておくわけにはいかない。
今夜帰ったらお義父様とオルソンに話して討伐に騎士団を派遣してもらおう。
「ジルとトレントは無事――あら?」
先ほどまではぎゃあぎゃあと言っていた二人が、なぜか棒立ちになって魔物が消えた方角を見ている。
「……小娘は何も感じなかったのか?」
「ええと……何が?」
「あれほどの殺気を感じ取れないとはさすがの愚鈍だな」
「さりげなく悪口を混ぜたわね?!」
ジル曰く、先程この辺り一帯におぞましいほどの殺気が振りまかれたようだ。
私は全く感じられなかったが、ジルとトレントの様子を見ていると相当な凄まじさだったようだ。
「サミュエルさんはどうだった?」
「僕も何も感じられませんでした。もしかすると、人間には感じ取られないものだったのでしょうか?」
そう言って、キョトンと首を傾げた。
私だけではなかったのに安堵した。そして、サミュエルさんだって感じ取っていなかったのだから私一人が鈍いわけでは無いわよ、と抗議の意を込めてトレントに眼差しで訴えかける。
「……そうか。いずれにせよ無事でよかった」
トレントはまだ釈然としないようだったが、それ以上は何も言わなかった。
それからジルとトレントの活躍のおかげで通路を見つけ出し、ノエルたちと合流した。
ノエルは私を見るなり抱きついてきて離れなかった。
生徒たちが見ているから離れなさいと言いたいところだったけど、腰に回されたノエルの腕が震えているのがわかり、止めることができなかった。
「レティ、無事でよかった。レティが目の前から消えて、生きた心地がしなかったよ」
知っている。
ロアエク先生を失いかけて以来、ノエルは大切な人を失うのを何よりも恐れているということを。
それは彼の弱点となり、その弱点が彼を黒幕にさせなかった。
「私はもうここにいるから安心して。ノエルがずっとその調子だと、生徒たちが不安がるでしょう?」
背中を撫でると、ノエルの腕の震えが少しずつ和らぐ。
「レティ、無茶をしていなかったかい?」
「していなかったわよ。その証拠に、怪我も呪いもないでしょう?」
「ご主人様、この小娘は魔物の前に立ち塞がっていました」
「ジ~ル~!」
もふもふの見張り役が告げ口した所為で、ノエルの腕により力が入る。
抱きしめられているよりも拘束されているような体勢になっている気がしてならない。
「……おい、貴様ら。べたべたくっつくなら家でやれ。早く『恋煩いの花』を見つけて帰るぞ」
「はっ!」
トレントの声に気付いて顔を上げると、トレントたちはもちろん、生徒たち三人にしっかりと観察されている。
呆れたような表情のバージルに、顔を真っ赤にしたエリシャ。そして、にこにこと微笑んでいるサミュエルさん。
(ああ、また学園で言いふらされるわ……)
ませている学生たちにとっては格好のネタだ。
明日から揶揄われてしまうのではないかと想像して泣きたくなった。
めそめそしつつジルやトレントの案内で『恋煩いの花』を見つけ出し、私たちは無事に解呪に必要な材料を集め終わった。
「ミュラーさん、これでようやく呪いが解けるわね!」
「……っ、ありがとうございます!」
エリシャの瞳にはうっすらと涙の膜が張っている。
(ずっと、思い悩んでいたものね……)
この先、どのような運命が待っているのかはわからない。
今のこの世界はゲームとは違ってきているから、ゲーム通りの出来事が起こるかどうかわからないのだ。
だけど、どのような運命が待っていたとしても、この子たちが心置きなく青春を楽しめるよう力になりたい。
「さあ、みなさん、学園に帰るわよ」
オリア魔法学園で過ごした日々が最高の思い出となるように、できる限りのことをしよう。
ちなみに学園からファビウス邸に帰るまでの馬車では、レティはノエルの膝の上に乗せられていました。
普段は恥ずかしいから抵抗するレティでしたが、今日はノエルを心配させた負い目もあって大人しくしていたようです(*´艸`*)




