08.探索が始まりました
更新おまたせしました!
繁忙期につき平日の更新ができなかったので、明日もう一話更新します!
「さて、みんな揃ったわね」
噴水広場の前に集まった面々を見て、少し不安になる。
震えるエリシャに、にこやかなサミュエルさんに、サミュエルさんを睨みつけて威嚇しているバージル。
……バージルは、もう少し穏やかになれないのだろうか。
カリカリした性格のまま大人になってしまったら、将来は血圧に悩まされそうだ。
エリシャは目だけを動かして隣に居るバージルを見る。
「ほ……本当にバージル殿下が居る……」
よほど驚いたようで、こわごわとした調子で呟いた。
どうやら、今この瞬間になるまで、バージルが一緒に材料集めをするのが信じられなかったらしい。
まるで幽霊を見ているかのような目でバージルを見つめている。
見つめられるバージルの方はというと、照れくさくなったようで、ぶっきらぼうな態度になってしまう。
「俺が居て悪かったな」
「ひぃぃぃぃっ!」
恐れ慄くエリシャの足が、地面から五〇センチくらい浮いたような気がした。
二人の関係性はゲームで予習していたから知っているから驚かないけれど、実際はゲーム以上にマイナスなスタートのような気がする。
実は新ヒロインのエリシャは、バージルのことが苦手なのだ。
二人は幼馴染で、エリシャの家が傾くまではなにかと会っていたらしい。
バージルはエリシャのことを気にかけており、度々話しかけていた。
ただ、言い方がぶっきらぼうなせいでエリシャは怒られていると勘違いしてしまい、すれ違いが起きているところだ。
これがゲームだと、バージルがエリシャのピンチを救ったのをきっかけに恋が始まってくれるのだけれど……、ゲームのシナリオよりも早くに出会ったこの二人の関係がこれからどうなるのかはわからない。
「バージル殿下、そろそろ馬車に乗ろう。――もちろん、ミュラーさんをエスコートするのはお忘れなく」
ノエルは何を思ったのか、バージルにそう提案してにっこりと微笑む。
そしてなぜか、声と笑顔に圧がある。
「……」
「……」
ノエルとバージルの視線がぶつかったのにも拘わらず、どちらも話そうとしない。
まるでお互いが相手の出方を窺っているように見えた。
「……わかっている。あんたが言っていたようにすればいいんだろ」
先に口火を切ったのはバージルで、どこか観念したかのような気配を漂わせている。
(ノエルが言っていたこと?)
何のことやらと頭を捻ってみても、思い当たることがない。
「バージル殿下と何か話していたの?」
「ああ、ちょっと助言をしたんだよ」
おまけに、ノエルに訊いても誤魔化されてしまった。
……またしても、私の知らないところで続編の攻略対象と交流をしているような気がする。
「さて、夜までに帰ってこないといけないから早く馬車に乗りましょう」
生徒たちを馬車に乗せ、私も一緒に乗り込む。
ノエルはグリフォンに乗ってついて来ることになった。
◇
目的地のフィニスの森に辿り着くと、森の入り口には待ち合わせしている人物が立っている。
「トレント! 久しぶりね!」
「儂は断ろうとしていたのに、エディットがどうしてもと頼んできたから仕方がなく来てやったぞ」
久しぶりに会えたのがよほど嬉しかったようで、ツンデレ全開の言い訳を始めてしまった。
今回の解呪に必要な魔法植物も稀少で人間では見つけにくい場所にあるため、トレントに案内を頼んだ。
魔法植物の『恋煩いの花』はなぜか、人間には花が持つ認識阻害の魔法が作用するそうで、手に取るまで存在を認識できないせいでなかなか手に入れられないのだ。
この花の見た目はヴィオラにそっくりで、ただ一つ違うのは、花の蜜に魔力を通すと特別な魔法を発動させるといった性質があること。
その魔法は、「魔法にかけられてから一番最初に見た者に恋をする」というもの。
だから貴族の中には、この花を手に入れる為に妖精に契約を持ちかける者もいるらしい。
トレントの反対側を見れば、バージルがエリシャをエスコートしようとしている。
「エリシャ、よそ見していたら転ぶぞ。別に、お前の手を触りたいと思っているわけではないからな」
「け、結構です!」
「いいから手を出せ」
「ひぃぃぃぃっ」
こちらもまた厄介なツンデレが力を発揮しているようだ。
すっかり怯えているエリシャには申し訳ないが、見ていると微笑ましく思う。
「ふふ、幼馴染っていいわねぇ」
二人の姿を見ていると、ジスラン様との思い出が浮かぶ。
懐かしさに浸ろうとしたその時、背後からひやりとした寒気を感じ取った。
「レティ、ビゼー卿のことを思い出しているのではないかい?」
「ひぇっ」
ノエルの声は穏やかなのに、何故だか背筋が凍る。
おまけに笑顔が怖い。
笑っているけれど、どこか不穏なのだ。
「さ、さあ! 早く探しに行きましょう!」
気を取り直して、トレントの案内でフィニスの森の中に入る。
ぬかるんだ道を進みしばらく歩いていると、妙に静かな場所に辿り着いた。
鬱蒼とした木々が今にも覆い被さってきそうな、妙な不気味さがある。
「……なんだか、惑わされているような気がするわ」
呟いた自分の声が、妙に大きく聞こえた。
すると、トレントが舌打ちする。
「ああ、そうだな。どうやら妖精の魔法に引っかかったようだ。――周りを見てみろ」
「え?」
促されるままに見てみると、人数が減っている。
今目の前に居るのは、トレントとサミュエルさん、そしてジル。
他のメンバーはいつの間にか消えてしまったのだ。
ジルが眉間に皺を寄せて低く唸った。
「ご主人様たちは無事だ。ただ、俺様たちが空間を切り離されてしまったようで、突然目の前から姿が消えたらしい」
「ふむ。それなら、元の場所と繋がっている通路を見つけ出さねばならんな」
ジルとトレントが通路の見つけ方について話し合っている。
妖精の魔法のことだから、二人の方が私よりも断然詳しいだろう。
だから今は、サミュエルさんの不安を取り除くのを優先する事にした。
一歩離れて私たちを見ていたサミュエルさんに声を掛ける。
「ぺルグランさん、あの二人が無事に元の場所に連れて行ってくれるから大丈夫よ。それに、何か出てきたら私が守るからね」
サミュエルさんはきょとんとした表情になったけど、ややあって柔らかく微笑んだ。
「ありがとうございます。先生が居るので何も不安に思っていません」
そんな風に思ってくれているなんて嬉しい、と胸がじいんと熱くなる。
サミュエルさんと二人で、トレントとジルが魔法を使って通路を探しているのを眺めていると、不意にガサガサと草が掻き分けられる音が聞こえてきた。
もしかするとノエルたちと合流したのかもしれない、と音がした方に顔を向けると――そこには、真っ黒で大きな影が佇んでいる。
「ま、魔物?」
鹿のような魔物の赤い瞳がギラリと光った。




