07.遭遇
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解呪に必要なものがわかったところでバージルに協力を要請したら、いつになくすんなりと応じてくれた。
好きな子は特別ってこういうことね、と現金な生徒を憎らしくも可愛く思う。
「さてさて、学園長に外出許可を取りに行かなきゃいけないわね」
善は急げと言うし、このまま学園長室に行こう、と踵を返すと、何か弾力のあるものにぶつかった。
「わぷっ!」
衝突した勢いで後ろに倒れそうになったのを、腕を掴まれて引き寄せられる。
随分しっかりとした腕だ、と思い顔を上げると――理事長の端正なお顔が目の前にあった。
(なぜゆえ黒幕出現?!)
理事長が今日ここに来るなんて聞いていなかった。
全くの予想だにしない事態だ。
ゲーム通りに事が進んでいれば、理事長が学園によく訪れるのは来年からなのに……。
(……まさか、ノエルとエリシャの接触が原因なのかしら?)
冷や汗が背を伝うのを感じつつ、やんわりと体を離して理事長と距離をとろうとしたのだけど――理事長の腕にしっかりと固定されている所為で身動きが取れない。
「わ、私の不注意でぶつかってしまい申し訳ございません。お怪我はありませんか?」
恐るおそる、仏頂面の理事長に訊いてみる。
今日も今日とて彫刻作品のような美しさを湛えており、眉一つぴくりとも動かないご尊顔は、微かだが拒絶の気配を漂わせている。
それなのに、どうしてこんなにも距離が近いのだろうか。
「ええ、かすり傷一つないから気に病まないでください。それよりも、ファビウス先生こそ怪我はありませんか?」
「だ、だだだ大丈夫です……! この通り、元気いっぱいです!」
大丈夫だから、いい加減その手を離してほしいというのが本音だ。
なんせ今の私は腰を抱えられ、片手を掴まれている状態で。
新黒幕に捕まえられているような気がしてならず、生きた心地がしない。
すると、理事長の背後からひょっこりと、サミュエルさんが姿を現わした。
「父上、そろそろファビウス先生の手を離さないとファビウス侯爵の使い魔がひどく怒っていますよ」
サミュエルさんの赤い瞳が向けられた先を見れば、ジルが理事長の足にしがみついて唸り声を上げている。
(ジル~! 黒幕になんてことを!)
いくら旧作の黒幕の使い魔で強いとはいえ、理事長が本気を出せばどうなるかわからない。
慌てて理事長の手からすり抜け、ジルを引きはがして抱き上げた。
「やい、小娘! この小僧に用があるから放しやがれ!」
「落ち着いて、ジル。理事長は私を助けてくれたのよ?!」
「だってそいつは、いきなり小娘の背後に現れたんだぞ!」
フンフンと鼻息を荒げるジルを宥めていると、サミュエルさんがくすくすと笑った。
「父上は気配を消すのが得意なんです。驚かせてすみません」
ところで、とサミュエルさんの瞳がこちらに向けられる。
「これから外出許可をとりに学園長に会いに行くのですよね? 父上もこれから行くところですので、ご一緒にいかがですか?」
「え、ああ、そうですね」
偶然にも学園長に会いに来る日だったのか、とタイミングの悪さを呪った。
もう少し、この心臓に悪い状況の中に居ないといけないようだ。
「どのような理由で外出を? 内容を聞かせてもらえますでしょうか?」
理事長の眼光が鋭くなり、思わず震え上がってしまう。
(メインキャラクターたちが関わることだけど、大丈夫よね……?)
植物園の一件があったせいで理事長はバージルに良い印象を持っていないのが心配だが、この学園の最高責任者に名前を伏せて外出させることはできない。
「魔法植物採集へ行きます。とある生徒にかけられている呪いを解くための材料を採りに行くのです」
「呪い……エリシャ・ミュラーのことですね。外出する生徒は誰なんですか?」
「ミュラーさんとバージル殿下です」
「……ふむ、バージル殿下ですか。いささか不安になりますね」
悪い予感が当たってしまった。
どうか理事長が、「バージル殿下は外出禁止です」なんて言いませんように!と心の中で百万回唱える。
「ババババージル殿下は級友想いで、ミュラーさんの呪いを解いてあげたいと思っているんです。それに、採集に行けば彼は自国に生息する魔法植物の生態を学べますから一石二鳥ですよ。あと、私の夫もついて来るので安全対策は万全ですので――」
「いいですね。父上、僕もファビウス先生にご一緒してもいいでしょうか?」
必死のプレゼンテーションは、サミュエルさんの一言で遮られた。
(あれ? もしかして、「一緒に行きたい」と言った?)
聞き間違いかと思ったけれど、そうではないらしい。
サミュエルさんはこちらを振り向き、はにかんだような笑みを見せてくれる。
「ミュラーさんのことが心配ですし――何より、ファビウス先生のお手伝いがしたいですから」
「……。お前がそう望むのなら、許可を出そう」
渋い表情を見せていた理事長が、一発で許可を出してくれた。
黒幕は意外と息子に甘いようだ。
(見たところ理事長と上手くいってそうだし、理事長が大切にしているようだけど……どうしてサミュエルさんはゲームに出て来なかったのかしら?)
ゲームに出てきた理事長は独身のままで、子どもは居なかった。
そこで考えられるのは、ノエルが闇堕ちしなかったことで未来が変わったのか――、ゲームが始まる前にサミュエルさんが命を落としていたかの二通りの可能性だ。
「ファビウス先生、よろしいですか?」
サミュエルさんがおずおずと問いかけてくる。
病弱という噂を聞いたことはなく、そんな彼がもし命を落としていたのなら、何かしらの事故があったのか、陰謀に巻き込まれたのかもしれない。
「も、もちろんよ」
「ありがとうございます。先生と外出する日が今から楽しみです」
エリシャがゲームとは異なる動きを見せているこの世界では、どのような運命が待ち受けているのかわからない。
けれど、心の底から嬉しそうに微笑むサミュエルさんを見ていると、この笑顔を守りたいと思う。
「サミュエルさん、何かあったら私が全力で守るからね」
「……!」
サミュエルさんの赤い瞳が大きく見開かれた。隣に居る理事長もまた、瞠目している。
「あれ? 私、何か変なことを言いましたか?」
「い、いえ」
「む、息子をよろしくお願いいたします」
黒幕親子は二人してぶんぶんと首を横に振った。
それからは学園長室に行って出てくるまでの間、二人の視線がバシバシと当たっていささか居心地が悪かったけれど、どうにか無事に外出許可をもぎ取ることができた。
(思いがけず、黒幕の息子もついて来ることになったわねぇ)
魔法薬学準備室に帰る途中、そんなことを考えながら回廊を歩いていると、ノエルが私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
振り向くのと同時に抱きしめられ、視界いっぱいにノエルの胸元が映る。
「レティ、理事長と接触したんだって?」
「……ジルから聞いたのね?」
足元からフンフンと荒い鼻息が聞こえて来て見下ろせば、ジルがノエルに一生懸命訴えている。
「怪我がなくてよかったけど、生きた心地がしなかったよ」
「大袈裟ね。今のところなんともないわ」
「しかし……腰を触られたのだろう?」
ノエルはいつも通り穏やかな表情を浮かべているのに――どうしてか、周りを見ると花たちが凍ってしまっている。
いつの間にか周囲の温度が下がり、吐く息が白くなっている。
「あ、あれは倒れそうだった私を支えるための不可抗力でして……」
「腕にも触れていたそうだね?」
「ノノノノエル! すっごく怖い顔しているわよ?!」
「ああ、穏やかな気持ちではいられないよ」
その夜、新黒幕に妬いた元・黒幕(予備軍)がいつもより砂糖マシマシで甘えてきたのだった。
おかげで私は、口から砂糖を吐きそうなほどの言葉を聞いて眠れない夜を過ごすことになってしまった。
お屋敷に帰ったノエルはレティにご飯を食べさせたり、膝枕をしてくすぐったくなるような愛の言葉囁いたりと、忙しかったようです。




