06.妖精事情
エリシャはミカから手渡された紙の束に目を通す。
覗き込んでみると、いくつもの妖精の絵が描かれている。
これはミカお手製の資料で、魅了の呪いをかけてきそうな妖精をリストアップしたものらしい。
(どれも写実的に描かれているわ。人間の姿になって絵の練習をしたのかしら……?)
夫の使い魔の、新たな謎を見つけてしまった。
「ミュラーさん、その中に似ている妖精はいるかしら?」
「え、えっと……この妖精が似ていると思います」
指で差された絵は、一見すると少年のように見える妖精。
菫のような淡い紫色の髪に翡翠のような緑色の瞳が美しい。
(どんなに可愛らしくても、呪いをかけてくるのなら用心するのに越したことはないわね)
「……やはり、エリシャ様に呪いをかけたのは歌の妖精でしたか」
ミカ曰く、彼は歌の妖精らしい。
容姿に似合わず気難しくて捻くれ者な性格をしているそうだ。
「過去に幾人もの人間が彼の力にあやかろうとしていたので、少々傲慢な考えを持っているのでしょう。魅了の呪いも彼にとっては『授けてやった』くらいに考えているのかもしれません」
「そんな……。わたくしはこの呪いなんて必要としていませんのに……」
「歌を生業としている人間にとっては魅了は恩恵なのです。歌をより多くの人間に聞いてもらうには彼らの心を己に向けさせなければなりませんからね」
とはいえ、エリシャは魅了を必要としていない。
彼女の当惑している表情からもその気持ちがひしひしと伝わってくる。
ミカも彼女の本心を察したようで、
「――ですが、エリシャ様がこの呪いを必要としていないのでれば解呪できるよう準備をしますのでご安心ください」
と言って、安心させるように微笑みかけた。
私たちは改めてこれまでに得た情報を整理した。
魅了の呪いを解くとなると魔術具も必要になるらしく、それはノエルが手配してくれることになった。
「じゃあ、私は解呪に必要な植物を探すわね。準備室にいる妖精たちに聞いたら手伝ってくれるはずだわ」
報酬を要求されるのは覚悟の上だ。
今回はどんなお菓子を要求されるのかわからないが、購買部で買えるお菓子であることを願うばかりだ。
「よ、妖精にですか?」
エリシャが弾かれるように肩を揺らす。
尋ねてくる声は震えており、まるで何かに怯えているかのようだ。
おまけに、目を見れば不安げに揺れている。
「ええ、植物について詳しいから何がどこにあるのか知っていると思うわ」
「あのぅ、彼らは先生に悪戯したりしないのでしょうか?」
ふと、ゲームの中のエリシャも妖精を見かけた時に動揺していたのを思い出す。
「もしかして、妖精のことが怖い?」
「……はい。いつ呪いをかけて来るのか、どんな悪戯をしてくるのかわからないので怖いです」
一度怖い思いをしてしまうと、なかなかその恐怖心を払拭できないのだろう。
そう言えば、エリシャは先ほどからジルをちらちらと見ているのに気付いてはいた。
猫が好きなのかもしれないと思っていたのだけど、実は妖精のジルのことを警戒していたのかもしれない。
そこで一つ、疑問が浮かぶ。
(……もしかして、ミカが妖精なのに気付いていない?)
先程から震えているエリシャを宥めてくれているのもまた、妖精なのだ。
妖精への苦手意識を払しょくするには伝えた方がいいのか悩んでいると、ミカと目が合う。
ミカは人差し指を口元に当て、内緒にするようにと合図を送ってきた。
妖精を恐れているエリシャへの配慮を優先するつもりのようだ。
(エリシャの恋はどうなってしまうのかしら?)
好きな人が実は妖精だったとわかればショックを受けるような気がする。
ミカの正体を知られるまでに、エリシャの妖精に対する苦手意識が薄れてくれるのを祈ることにした。
「さあ、それじゃあバージル殿下にも材料探しを手伝ってもらって呪いを解いてしまいましょう!」
実は図書館でバージルに出会った時に、解呪に必要な材料集めをする時は協力すると言ってくれているのだ。
せっかくの気持ちを断るわけにはいかないし、バージルにも手伝ってもらうつもりだ。
「え、バ、バージル殿下ですか……?」
バージルの名前を聞いた途端、エリシャはまたプルプルと震え始めるのだった。
今回は出番が少なかったノエル。
彼はレティがエリシャに話しかけているのをじっと見ていたようです。




