05.旧黒幕と新ヒロイン
更新お待たせしました!
「ミュラーさん、かしこまらなくて大丈夫よ。夫はつい最近までここで教師をしていたから、気楽に話してあげたほうが喜ぶわ」
魔法薬学準備室の椅子に腰かけるエリシャに声を掛けると、不安げな表情のままこくこくと頷いてくれた。
今日初めてこの部屋に入ったのだから、慣れない空間のせいでなおさら緊張しているのだろう。
緊張を和らげてくれる薬草で紅茶を淹れていると、ドアをノックする音が聞こえてくる。
返事をすれば、ノエルとミカが部屋に入ってきた。
ミカは人間の姿をしており、ノエルの侍従の如く後ろに控えている。
(あらあら、顔を真っ赤にしているわ)
エリシャはミカの姿を認めると途端に頬を赤く染めた。
年頃の女の子らしい反応が可愛く、応援してあげたくなるけれど……バージルのことを思うと憚られた。
(ミカはエリシャをどう思っているのかしら?)
使い魔たちの恋愛事情を聴いたことはないけれど、彼らには彼らの生活があるはずだから、何かしら想いを抱くことはあると思う。
ウンディーネように、人間に恋をする妖精もいるから可能性はなくはない。
ちらっと盗み見ると、ミカはただエリシャの視線に気付いて微笑み返すだけだった。
それは恋親しむ相手に向けるものではなく、庇護者が浮かべるような慈愛に満ちたもの。
(……うん。エリシャのことを完全に子ども扱いしているわね)
このようなシチュエーションを、漫画で見たことがある。
年上の紳士的で優しいお兄さんに惚れたけど、相手は自分の事を妹くらいにしか思っていなくて失恋してしまうという、甘酸っぱい恋。
エリシャの恋の行方を想像してしまい、甘酸っぱさに悶えそうになった。
「ファビウス侯爵とミカ様、わたくしたち一家を助けてくださって本当にありがとうございました。この御恩は一生忘れません」
先ほどまではブルブルと震えていた少女は、ノエルを見るなりしっかりとした足取りで立ち上がり、流れるように美しい所作で礼をとる。
さすがは元侯爵令嬢というべきか、指先つま先まで綺麗に見えるように動かしているけれど、それを気取らない。
「当然のことをしたまでだから、気にしないでくれ」
ノエルは胸に片手を当てて感謝の言葉に応える。
その所作もまた洗練されており、二人のやり取りに見惚れてしまいそうだ。
(旧黒幕と新ヒロインは、やはりオーラがあるわね)
ゲームでは決してこのように言葉を交わすことはなかった二人だ。
思いがけぬ共演を目の当たりにして胸が熱くなった。
「いいえ、ファビウス侯爵のおかげでわたくしたちは路頭に迷うことなく、子どもはみんな勉学に集中できるようになったのですから何か恩返しをしたいのです。今は学生の身である為難しいですが、いつかは必ずお返しします……!」
エリシャは両手の拳を握り、一生懸命に訴える。
ひたむきな姿を見せられると、ノエルもこれ以上は断れないと思ったらしい。
「……それでは、もし私の妻が困っているのを見かけたら、助けてくれるかい?」
(何故、私を?)
疑問に思ったのはそれだけでは無い。ノエルはそんな提案をしつつ、何故か私の腰を抱き寄せて頭にキスをしてきたのだ。
生徒の前では止めてほしい、と抗議の意をこめて睨みつけると、相手は紫水晶のような瞳をとろりとさせて応酬してくる。
「はい! もちろんです!」
そんな私たちのやり取りを見て、エリシャはほんのりを顔を赤くしながらも答えてくれた。
「ところで、君にかけられている呪いについて今調べているところなんだ。無理のない範囲で質問に答えてもらえるだろうか?」
「私にかけられた呪いを?」
ノエルはミカに目で合図を送ると、エリシャに紙の束を手渡させる。
「あなたにかけられた呪いの魔力から術者を辿っているところです。呪いをかけてきた妖精の特徴を覚えているでしょうか?」
「は、はいっ。人型の妖精で、強い風を吹かせていました」
予期せずミカに話しかけられて、エリシャはあわあわとしつつ懸命に答えている。
弱き者に優しいミカはエリシャに話し掛けている間、膝を突いて目線をエリシャに合わせている。
それもまた、エリシャを緊張させてしまっているのだろう。
(無自覚で少女の恋心を弄ぶなんて、なんて罪深い生き物なんだ……)
複雑な想いを抱きつつ、彼らの会話を見守った。
「人型で風を伴う……。もしかすると、音楽を司る妖精かもしれませんね」
「あら、風の妖精ではないの?」
「はい。風の妖精も悪戯好きですが、彼らの悪戯はせいぜい風で物を吹き飛ばすくらいです。呪いをかけるとなると、物理的なものを司る妖精の仕業ではないように思います」
その点、音楽は目に見えるものではなく、また人の心に作用する性質を持っているため、音楽を司る妖精なら魅了の呪いをかけるのは得意だろうという見解だ。
(もしかしてその妖精は、エリシャの歌に惹かれたのかしら?)
火の妖精は火があるところに現れて、植物の妖精は植物がある場所に現れる。
その証拠に、準備室に来る妖精たちの大半は草や花の妖精だ。
ある予感がして、エリシャに尋ねてみた。
「もしかして、その妖精が現れたのは歌っていた時かしら?」
「え、ええ。実家の庭園で歌っていた時でした。『生意気な小娘の歌に呼ばれてしまった』と、そう言ってから私に呪いをかけてきたのです」
当時の事を思い出したのかエリシャの声は震え、そのまま俯いてしまう。
「やはり、音楽を司る妖精でしょう。もう二度と悪さができないよう懲らしめますので安心してくださいね」
ミカは上着のポケットからハンカチを取り出してエリシャに差し出す。
その紳士的な振舞いのせいで、エリシャの好感度ゲージが爆上がりしているような幻覚が見えてしまった。
ミカはこの後、呪いをかけた妖精を見つけ出してけちょんけちょんにしたそうです。
次話も引き続き、エリシャの呪いを解くために奮闘します!




