04.隠れた想い
エリシャにかけられた呪いを解く為にできる限りの情報を集めたい。
ミカが調べてくれているけれど、情報が多いのに越したことはないだろう。
そう思い立ち、翌日の放課後に図書館に行くことにした。
「え~っと、妖精の呪いといえばこの辺りかしら?」
まずは妖精のコーナーから探してみる。
所狭しと並ぶ本の背表紙から内容を推測し、欲しい情報が書かれていそうな題名の本を追う。
『妖精の神秘』
『気まぐれな妖精と交渉する方法』
『妖精の取り換え子の不思議』
数多ある題名に目を滑らせていると、一際気になる題名を見つけた。
『妖精の呪い』
「妖精」も「呪い」も題名に書かれているから有益な情報が載っていそうだ。
「あ、これとか参考になりそうね――おっと」
伸ばした手が誰かの指先に触れてしまう。
はて、と思い首を回せば、いつの間にか隣にバージルがいた。
(何があったのかはわからないけどご機嫌斜めね……)
もとより切れ長の目が鋭い印象を与えるバージルは、顔を顰める事で完全に威嚇しているように見える。
「ぶつかってごめんなさい。もしかして、バージル殿下もこの本を探していたのかしら?」
「べ! 別に! 俺は本なんてどうでもいい! 探してなんかないからな!」
きぃんと耳が痛くなるほど大きな声で否定されてしまった。
(少年よ、そんなにも過剰に反応すると逆に怪しいわよ)
ゲームでもバージルは、このような調子だった。
嘘が苦手で、誤魔化そうとすると大きな声になってしまうといううっかりな一面を持っているのだ。
ウィザラバの続編をプレイしていた時には「何なんだ、こいつ」と思っていたけれど、こうして生徒として向き合うと可愛いものだ。
(それにしても、バージルが図書館に来るなんて意外ね。ゲームではそんなシーンは一つも無かったわ)
バージルと出会うのは、中庭や教室や音楽室。そして、屋根の上――。
エリシャの歌声を聞くために音楽室に現れるシーンは健気で泣かせてくれた。
本に興味が無いとの自己申告だが、本当に読む気が無いのに書架の周りにいることはないだろう。
現にバージルはちらりと件の本に視線を送っては、そわそわしているのだから。
「妖精のことが気になるのかしら? 奇遇ね。私も妖精について調べたいと思っているところなの」
「だから! 気にならないと言っているだろ?!」
ムキになって言い返してくるバージルを微笑ましく見守っていると、不意に頭の上から影が落ちてくる。
「そこの二人! うるさいぞ!」
「ひぇっ! グーディメル先生!」
いつの間に来たのだろうか、顔を真っ赤にして大層ご立腹な風紀の鬼が背後に立っている。
「も、申し訳ございませんでした。ついつい盛り上がってしまいまして……気を付けます」
深く体を折り曲げて謝っていると、私の隣でバージルがガンを飛ばしているのに気付く。
グーディメル先生に指摘される前にバージルの頭を押さえて一緒に謝らせた。
咄嗟に触れてしまったバージルの髪は、ノエルに似てサラ艶だった。ノックス王族の髪質を羨ましく思う。
「――まったく、今から問題ばかり起こしてどうする? 兄君のように模範生になるよう心掛けなさい」
「……っ」
バージルは珍しく言い返さなかった。
奥歯を食いしばり、ただ下を向いている。
その姿が、ひどく傷ついているように見えた。
(……そりゃあ、傷つくわよね)
グーディメル先生の意見ももっともだと思う。
王族の一員であるバージルは成人してないとはいえ国民を導く側の人間だから、優等生であるのが望ましいだろう。
それでも、バージルの身に起こってきた事を汲んだ言葉ではないのも確かだ。
悪意に晒され、値踏みされ、裏切られてきた王子。
身分のせいで大人たちに心を踏み荒らされたまま、周りの大人たちに助けを求められなかったままの彼だからこそ、この場所で学んで欲しいことがある。
「グーディメル先生、模範生になるのは望ましい事ですが、この学園に居る目的はそれだけとは限らないはずです。彼が――バージル殿下がこの学園を巣立った時に社会を生き抜くための武器を習得できるのが大切だと思いませんか?」
グーディメル先生のこめかみがぴくりと動いているけれど、敢えて見なかったことにする。
「ちょっと気迫に押されて泣きそうだけど、気にしないもんね!」と自分に言い聞かせた。
「一、永遠に探求せよ
二、博愛をもって仲間と共に精進せよ
三、失敗を恐れず創造せよ
……この三箇条を胸に、バージル殿下はこれから、オリア魔法学園という社会で試行錯誤して、武器を見つけていくのです」
痛いほどの沈黙が流れ、私の耳には心臓の爆音のみが聞こえている。
(上司に物申してしまった……!)
ドキドキとビクビクとしつつグーディメル先生の顔を盗み見れば、不思議と怒りが収まっているように見えた。
怒っているよりも、むしろ――『悲しそう』だ。
「王族が、二度も過ちを犯してはならんのだ」
「……」
先代の国王の事を言っているのだろう。
グーディメル先生は自分が先代の国王の過ちを止められなかったのを悔いていた。だからこそ、今は幼い王族――バージルが間違った道に進まないよう、厳しく接しているのかもしれない。
「バージル殿下は、そのような事をしません」
「……あまり生徒を甘やかさぬよう、心して指導してください」
もう少しちくりと言われるかと思ったが、意外にもグーディメル先生はあっさりと踵を返し、去って行った。
「お前……バカなのか?」
「……はい?」
さすがに不意打ちで罵られると茫然としてしまう。
バージルはぶっきらぼうな声で、「いや、バカだな」と言い直した。失礼にもほどがある。
「俺のことなんて少しも知らないくせに、啖呵を切っていいのか?」
「あら、わかっているわよ?」
書架から『妖精の呪い』を取り出し、バージルに手渡す。
バージルは戸惑いつつも受け取ってくれた。
「この本に用があるのだから、仲間想いなのは確かだわ」
「ちっ……ちが……!」
「静かにしないと、またグーディメル先生が来るわよ?」
小さな声で囁くと、バージルは不服そうな顔をしつつ、むぐりと口を閉じる。
バージルが図書館に来て、妖精の文献が並ぶこの場所に居る理由。
彼が幼い頃からエリシャを気にかけているのだから、答えは一つだろう。
「ミュラーさんが妖精にかけられた魅了の呪いを解きたいのでしょう?」
「……!」
ひそひそと囁いた言葉に、バージルの目が大きく見開かれる。
「……エリシャの呪いについて調べているのか?」
「あら、知っているのね?」
「……れも」
「ん?」
バージルらしからぬ小さな声が聞こえてくる。
「お、俺も……!」
「俺も?」
目つきの悪い不良キャラが、顔を真っ赤にして震えている様を見せられると、ちょっぴり頬が緩んでしまう。
恐らくはエリシャのことが気になるけれど、それを私に悟られるのが照れくさいのだろう。
(頑張れ! あともう少しだ!)
よもや相手が既にその事を知っていて、心の中で声援を送っているとは思いもよらないのかもしれない。
「――俺も、あいつの呪いを解くのに協力させてくれ」
「もちろんよ」
成り行きで仲間に加えてしまったけれど、もしかするとこの出来事がきっかけで未来が変わるかもしれない。
そんな希望を持って、目の前に居る攻略対象を見つめた。
ちょっとずつ更新ペースを戻していきます……!




