03.エリシャの過去
あけましておめでとうございます。
本年も黒幕さんをどうぞよろしくお願いいたします!
その夜、居間でくつろいでいると、不意にノエルが問いかけてきた。
「レティ、もしかして私は、余計なことをしたのだろうか?」
まるで叱られるのを待つ子どものような顔をしており、不安を抱いているのがひしひしと伝わってくる。
普段は見せない幼気な様子を見せられてしまうと胸が痛む。どうやら先ほどのお説教が相当堪えているのかもしれない。
「いいえ、ノエルがエリシャたちを助けてくれて本当に感謝しているわ。あの子たちがいわれもない罪で生活を追われているを知っているのに放っておくのは正直言って耐えがたかったもの……ただ、」
ノエルとエリシャの接触を経て、いい事と悪い事が起きてしまったのだ。
それをどうノエルに伝えるべきか、言葉に迷ってしまう。
「エリシャが早くオリア魔法学園に来たことで、彼女に魅了の呪いがかけられたままなのよ」
エリシャは生活が安定するのと引き換えに、彼女に掛けられている呪いを解く機会を失ってしまった。
彼女は幼い頃、妖精の悪戯に遭い、魅了の呪いをかけられたのだ。それは彼女と目が合うとたちまち惚れてしまうという、厄介な呪い。
その所為でエリシャはお茶会に行くことも外に出ることもできなくなりふさぎ込んでしまったのだけど――そんな彼女の噂を聞きつけたルーセル師団長が、呪いを防ぐメガネを贈ってくれたのだ。
それ以来、エリシャはルーセル師団長からもらった瓶底メガネをかけて呪いを防いでいる。
ゲームの世界では、事情を知った理事長がエリシャの呪いを解いてあげるのだ。
彼は呪いの影におびえるエリシャに、「君はこれからもっと変われるよ」と声をかけて励ましていた。
――ゲームのオープニングは、エリシャが理事長のその言葉を胸に、眼鏡を置いて家を出るところから始まる。
いわば、彼女が勇気をもって一歩を踏み出したところから描かれているのだ。
「……ゲームの抑止力で呪いが解かれたらいいのだけど、運任せにして放っておくのは可哀想だわ」
入学式に現れたエリシャはまだメガネをかけており、呪いは解かれていない。
だから私は学園長とセルラノ先生からエリシャの呪いについて説明を受け、細心の注意を払うように言われている。
「きっとエリシャは私たちが想像している以上に辛い思いをしていると思うもの」
私たちがどうにかしてあげられないかしら、と頭を捻る。
……呪いを解く方法は、二つある。
一つは呪いの術式を崩すこと。薬草や魔法石など魔力を保有する物質の力を借りて編まれた術式を無理やり引き裂くイメージだ。
ちなみに、ロアエク先生にかけられた呪いはこの方法で解呪した。
もう一つは――呪いをかけた術者を殺すこと。
ゲームの中の理事長はこの方法でエリシャの呪いを解いている。
手荒な方法には代償がつきもので、学園長は手に掛けた妖精に呪いをかけられてしまい、片腕が石化してしまっていた。
……そのこともまた、エリシャの心の重荷になっていたのよね。
「――なるほど。レティの憂いは呪いのことだったのか」
先程まで身動き一つせず真剣に話を聞いてくれていたノエルが、不意に腕を伸ばして抱きしめてくる。
肩には遠慮がちに顎をのせてきて、まるで甘えているような仕草だ。
「安心して。あの子の呪いについてはもう動いている」
「え? 動いている?」
「ああ、呪いに気づいたからミカに調べさせているところだ」
「えええ?!」
ここ数日を思い出してみたところで、ノエルがそのような動きをしているところを見たことがない。一体いつの間に、と元・黒幕(予備軍)の手際のよさに戦慄する。
「さ、さすがはノエルね。仕事が早いわ。私たちで呪いを解きましょう!」
「レティに褒めてもらえると頑張ったかいがあるよ。最高のご褒美だ」
ふと、腰に回ったノエルの腕に微かな力が籠る。
なぜか、部屋の中の空気が一瞬にして変わったような気がした。
「……レティ、欲を言うならご褒美として願い事を聞いてほしい」
甘さを含んだ声が耳元で囁いてくる。部屋中の空気を支配するようなその声に、胸の中が騒めいた。
「ど、どんな?」
「出発前のキスを――」
「ダメよ。すぐに撤回したら罰にならないでしょう?」
「……手厳しい」
恨めし気な視線を無視しつつ立ち上がろうとしたが、ノエルの腕が邪魔をして引き戻されてしまった。