02.夫がご所望するのは
※エリシャの一人称を「私」→「わたくし」に修正しました
それからほどなくしてノエルが迎えに来てくれた。
私は馬車に乗り込むとすぐにエリシャの話を切り出す。
「ノエル! エリシャに会ったことがあるの?!」
ノエルは一瞬だけ動揺した素振りを見せたけど――さすがは元・黒幕(予備軍)というべきか、すぐに態勢を立て直していつも通りの穏やかな笑みを浮かべる。
「ああ、そうだよ。誰からその事を聞いたのかな?」
「エリシャ本人からよ」
「……ふむ。名前を知られないよう気を付けていたけど、やはり王宮植物園で会った時に知られてしまったようだね」
一人で納得しているノエルを見ていると、胸の内にモヤモヤとしたものが広がっていく。
話してくれたらよかったのに、と恨めしく思ってしまう。
すると、紫水晶のような瞳が何故か輝きを持ち始める。
ノエルはそっと私の表情を盗み見ては、視線が合うと微笑みを増すのだ。
「いつ会ったの?」
「つい最近だ。ローランの元を訪ねた帰りに彼女が客らしき男に絡まれているのを偶然見かけてね。ミカと一緒に追い払ったんだ」
あの頃はウンディーネとダルシアクさんの事で手一杯だったとはいえ、全く気付かなかった。
「どうしてエリシャに会っていたことを教えてくれなかったのよ?」
「レティを不安にさせたくなかったからだよ。ただでさえ彼女の実家――ブロンデル侯爵家がシナリオとやらの通りに没落したのを気にしていたからね。彼女が絡まれていると知れば不安になってしまうだろうと思ったんだ」
実際に不安に感じていたことを言い当てられてしまうと言葉に詰まる。
ノエルの言う通り、私はエリシャの事が心配だった。
実家が没落して家族と離れ離れになり、おまけに妖精にかけられた呪いに悩んでいる少女。
そのことを知っているのに、エリシャが転入してくるのを待っているだけでいいのか、悩んでいたのだ。
「ノエルの気持ちは嬉しいけど、エリシャと接触したのなら教えてほしかったわ。これからは話してくれる?」
「ああ、レティが望むのならそうしよう」
ノエルは嬉しそうな声で答えてくれる。
何故だかわからないが、先ほどから異様に上機嫌だ。
「ノエル、嬉しそうにしているけど、何かいいことがあったの?」
「ああ、初めてレティの説教を受けられたから嬉しいんだ」
「……それだと反省していないように見えるんだけど?」
どうやらこの元・黒幕(予備軍)にとっては私が問い質したところでスペシャルイベントくらいにしか思っていないようで。
ほくほくとしているノエルを見ていると果たして私の気持ちがどれほど伝わっているのかがわかりかねる。
「では、レティが罰を与えてくれたらどうだろう?」
ノエルはそんな提案を持ち掛けてきて、すっかりこの状況を楽しんでいるようだ。
提案通りにしたところで反省するのかしら、と呆れていたところ、とあるひらめきが舞い降りる。
ここはひとつ、ノエルがしっかり反省するような罰を用意しよう、と。
今世のお母様が言っていたのだけど、円満な夫婦関係を築くにはアメとムチが必要らしい。
いい作戦を思いついたわ。
その名も、【ペナルティで反省するまでがお説教☆作戦】!
「そうね。それなら罰として、出発前のキスはもう止めることにしましょ」
「レ、レティ?!」
ノエルはいつになく慌て始める。
実は、出発前のキスはノエルから昇進祝いに願いを聞いてほしいと言われて始めたのだけど――お屋敷を出る前、すなわち、見送ってくれている使用人たちの前でするのが恥ずかしくて止めたいと思っていたところだったのだ。
「別の罰にしてくれないか?」
「そうすると罰にならないわ」
「レティ……」
眼差しで訴えかけてくるあざとい夫の手口に決意が揺らぎそうになるのを耐える。
ノエルはすっかり弱り切ってしまい、お屋敷についてからはコアラの子どものようにくっついてきて離れてくれなかった。




