06.王宮植物園、再び
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そして迎えた校外学習の当日。
私は生徒たちと理事長を連れてグリフォンの馬車に乗り、王宮植物園へと向かった。
温室の中に入れば、花の甘い香りが鼻腔をくすぐる。
大好きな植物たちに囲まれているけれど、今から黒幕との戦いになるのだから、浮かれてはいられない。
(理事長の気を逸らせ、アロイスに近づくのを阻止するわよ!)
小さく拳を握り、自分を奮い立たせた。
「みなさん、こちらは王国南部に生息するフリティラリアという花です。この花をすり潰し、とある薬が作られています。――ここで理事長に問題です。どのような効能がある薬が作られているでしょうか?」
ひとまず、理事長に話を振って意識をこちらに集中させるつもりだ。
幸いにも、生徒たちは理事長に興味津々だから、理事長は余所見をする暇なんてなさそうだ。
「その花は若返りの効果があるとして女性に人気だと聞いたことがあります。美容の効能でしょうか?」
「正解です。この花から作られた塗り薬は肌の艶を良くしてくれるので王国中の女性が買い求めています」
今では生息している地域の特産品になっている。
ベルクール領でもこの花を栽培したかったのだけど、気候条件が合わなかった所為ですぐに枯れてしまったから断念したと聞いた。
「あの一角に植えられているのは王国北部の山岳地帯に生息している植物たちですね。本来ならば一生に一度見られるかわからない希少な種類ですが、ここでは宮廷魔術師団の魔術師たちが生息地の気候を再現する魔術具を発明したおかげで見ることができるのです」
希少とわかれば、生徒たちの目に好奇心の光が宿る。
これまで余所見していたバージルさえも興味を示してくれて、チラチラと植物を見ているのだ。
しめしめと内心ほくそ笑みつつ、生徒たちに植物の解説をしていく。
この希少な植物たちは厳しい環境の中で育つため魔力を潤沢に蓄えており、秘薬などに使用されることが多い。
なかなか手に入らないから授業で使うことはできないけれど、だからこそ、王宮植物園で目に焼き付けておいてほしいと思っていたのだ。
――と、説明をしていると、気付けば理事長の姿が見当たらない。
まさかと思って首を回せば、出入口に向かってスタスタと歩いている姿が目に入る。
(ああ、薬草の解説に熱が入り過ぎたせいで理事長の注意を引くのを忘れてしまっていたわ。)
慌てて理事長を追い抜かし、扉と理事長の間に滑り込む。
「理事長! まだまだ紹介したい植物がありますのでここに残ってください!」
「しかし、王宮に立ち寄ったからには王太子殿下にご挨拶に伺わなければ殿下に対して失礼かと」
「そ、そんな! アロイス殿下は心が広い方ですので、そのようには考えないですよ!」
「……心が広い、ですか。随分と、アロイス殿下を慕われているのですね?」
周囲を凍てつかせそうなほど冷ややかな理事長の声に、喉の奥がひゅっと鳴った。
本能が危険信号を発している。
理事長はひたひたと近づいてくる。その気迫に押され、思わずたじろいでしまった。
そして運悪く、扉が背に当たり退路を塞がれる。
これではまるで、黒幕に追い詰められた哀れなモブではないか。
理事長の鋭い眼光の瞳に震えそうになるのを堪え、両足に力を入れて踏ん張った。
今ここで私が頑張らなくて、誰がアロイスを守るというのだ、と自分に言い聞かせた。
「ええ。私は三年もの間、彼の担任をしていましたもの。大切な教え子を、これからもずっと想い続けますよ」
前世の記憶も合わせればもっと長い間、アロイスを見守り続けている。
そんな考えは口にせず、心の中にとどめておく。
「オリア魔法学園に居た頃の彼は、ひとりの年頃の生徒らしい一面も見せてくれました。他の生徒たちと同様に勉学に励み、同級生たちと親睦を深めていたのです。しかし王族としての責務を忘れた日は一日たりともなく、常にこの国の未来を思い、足りない物を補おうと努力を積み重ねていました。彼のそのような姿を見てきたのですから、慕わずにはいられません」
本当はもっと言いたいことがあるけれど、このくらいにしておこう。
推しを語れて達成感に満ちたのも束の間で、ふと気づけば植物園の外にバージルの姿が見える。
一難去ってまた一難。
理事長の次はバージルが校外学習から離脱しようとしている。
「バ、バージル殿下! どこに行こうとしているのですか?!」
声を掛ければ、バージルは小さく舌打ちをする。
それでもちゃんと立ち止まって振り返ってくれるのだから、律儀なものだ。
今はすっかり擦れてこのような状態になっているのだけど、本来は思いやりがあって優しい子なのよね。
どうにかして、本来の彼らしさを出せるようになってほしいわ。
なにかきっかけになる出来事があればいいのだけれど……。シナリオが始まらないと無理なのかしら?
「……どこだっていいだろ」
バージルはぶっきらぼうに言い捨てると、そのままスタスタと歩き始める。
「今は授業中よ! 戻りなさい!」
注意してもバージルは立ち止まらない。
仕方がないから追いかけることにした。
「待ちなさい! 学ぶ機会を無下にしてはダメよ」
「魔法薬学なんて退屈な授業に出席するだけ時間の無駄だ」
またもや「退屈な授業」と言われてしまい、心臓に大打撃を喰らう。
そりゃあ、魔法薬学なんて薬師を志望する生徒くらいしか興味を持ってくれない地味教科ですけど、知ってて損はないから、どうかそのような事は言わないでほしい。
涙目になりつつ追いかけていると、地面を黒い影がサッと横切った。その刹那、ぞわりと背筋が冷える。
上手く言葉にできないけれど、重く禍々しい何かが足元を通り過ぎたのだ。
(この感覚は、何?)
触れたところからじわじわと冷たい空気が侵食してくる。
まるで体温が奪われていくように体が冷える。
立ち止まって身を抱き寄せると、クロヒョウへと姿を変えたジルがピッタリと寄り添ってくれる。
ポカポカと温かい熱の塊に、思わず頬擦りをしてしまった。
「おい、小娘。なんだかとてつもなく嫌なものが居るぞ」
「嫌なもの?」
ジルが言うには、「不吉」や「災い」に似た気配が辺りに漂っているらしい。
既視感がある言葉だ。
ウィザラバの続編でも、エリシャが妖精から同じような例えを聞いた場面があったような気がする。
(あのイベントが起こるのはもう少し先のはずなのに、どうして今、同じような事態に陥っているのかしら?)
何はともあれ、怪しい気配を発する何かが居るのであれば、早くバージルを回収して生徒たちの元に戻らないといけない。
そう思った矢先に、バージルが呻く声が聞こえてきた。
声がした方を見れば、バージルが黒い影のようなものに捕まっている。
目の前が真っ白になった。
「バージル殿下!」
気付いた時にはバージルに向かって手を伸ばし、無我夢中で走っていた。
またもや事件の起こる、王宮植物園です。




