04.もしも叶うのならば(※アロイス視点)
一、永遠に探求せよ
二、博愛をもって仲間と共に精進せよ
三、失敗を恐れず創造せよ
これは、私が卒業したオリア魔法学園の三か条。
かつて友人たちとこの言葉を口にした日々に、戻りたいと願ってしまうこともある。
◇
長い会議が終わり執務室に戻ると、婚約者のイザベルが来ていた。
彼女は私を長椅子に座らせ、慣れた手つきで紅茶を淹れてくれる。
それは薬草で作られた紅茶で、かつて魔法薬学の準備室で淹れてもらったものと香りが似ている。
「……もうすぐで新入生たちが植物園に見学しに来る頃だな」
「ええ。ちょうどこの時期でしたわね」
イザベルは懐かしそうに目を細めた。
卒業してからもこうして会えるのは、彼女とセザールくらいだ。
二人から他の同級生たちの近況を聞かせてもらうのが最近の楽しみになっている。
「不思議ですわ。私は今でもまだオリア魔法学園の生徒で、もうすぐで寮に帰らなければグーディメル先生に怒られてしまうと思っていますの」
「私も同じだ。寮に帰る前に魔法薬学の準備室に行けば、ベル――ファビウス先生がお茶に誘ってくれるかもしれないと思っているところだ」
「ふふ、ベルクール先生と呼べなくなるのもまた寂しいですわね」
ベルクール先生――今は結婚してファビウス先生と呼ばれるようになった彼女は、三年間ずっと私の担任をしてくれていた魔法薬学教師だ。
穏やかな性格だが、生徒に危険が及べば身を捨てるような勢いで守ってくれる、親鳥のような先生だった。
そんな先生の事を、同級生たちはみな慕っていた。卒業してからも先生に会いに行っている者もいるらしい。
会いたいと思った時に会いに行ける人たちを羨ましく思う。
「今の問題が片付いたら、二人で学園に遊びに行くのはどうだろうか?」
「まぁっ! 素敵ですわ。放課後にお邪魔して準備室でお茶しましょう」
「ああ。学園に行く前には、久しぶりに観劇に行こう。このところ、私の所為でイザベルの誘いを断り続けていて済まない」
「謝らないでくださいな。アロイスが多忙な時期ですもの。でも、無理はいけませんわよ。無理をして体を壊したら元も子もないですもの」
卒業してからというもの、イザベルの優しさに甘えてしまっている。
私の仕事が忙しいだろうと慮って王宮を尋ねて来ては、お茶を淹れてくれ、気分転換になるような話を聞かせてくれる。
本人は少しも話してくれないが、ダヴィッドから聞いた話によれば、結婚を急かす声や私に取り入ろうとする貴族をあしらう日々が続いているようだ。
少しでも弱音を吐いてくれたらいいのだが、イザベルは変なところで頑固だから弱みを見せようとしてくれない。
「ありがとう。イザベルも無理をしないでくれ。辛いことがあればすぐに私に話すんだよ」
「ええ。その時はアロイスに泣いて訴えますので覚悟してくださいませ」
「いつでも待っているよ」
イザベルははにかんで目を伏せると、躊躇いがちに「もう一つ、お話したいことがありますの」と切り出した。
「……サロンでマルロー公爵家の情報を集めているのですが、どうも上手く隠されているようですの。嫌な予感がしますわ」
「私も、彼らが妙に大人しいのが気になっている。影もきな臭いと言っていたな。もしもに備えてイザベルも気を付けてくれ。護衛騎士をつけよう」
マルロー公爵家は、クロヴィス兄様の母親――第一王妃の親戚に当たる家門だ。
ノックス王国の三大公爵家の中では最も歴史が浅く、野心的。父上に取り入って公爵の地位を得たと言っても過言ではない程、マルロー公爵閣下と父上は頻繁に会っていた。
父上の横暴に加担していた可能性もあるとしてマルロー公爵家周辺を調べさせたところ、不審な点がいくつかあった。
複数の使用人が行方不明になり総入れ替えされたことや、出入りしていた業者が殺害されていたこと。
二つを合わせると、何らかの事件があったのではないかと疑ってしまう。
決定的な証拠はまだ見つかっていないが、どうも怪しい。
気掛かりなのは、そんなマルロー公爵閣下がクロヴィス兄様を裁かれても沈黙していることだ。
何か企んでいるのではないかと警戒しているが、一向に動きを見せない。
……戴冠式までに片が付けばいいのだが。
こめかみを押さえる手に、イザベルの手が触れる。
「アロイス、護衛騎士に訊いたら、ファビウス先生たちが来る日がわかると思いますわ」
「ああ、彼らなら把握しているだろうけど……それがどうしたんだ?」
「その日は午後に休憩時間をとってくださいな。植物園に散歩したら気分転換になると思いますわ。たまには植物や――恩師の姿を見て心休まる時間が必要ですもの」
「……名案だな。セザールに日程を調整してもらおう」
「ええ、そうしてもらいましょう。遠目からでも先生の姿を見れば、学園生活を思い出して煩わしいことを忘れられると思いますわ」
もしも叶うのならば、あの日々に戻りたい。
ファビウス先生の優しい眼差しに守られ、気心の知れた仲間たちに囲まれていたあの頃に。
だけど――、
「先生が居るあの場所を守る為にも、弱音を吐いていてはいけないな」
大切な場所を守るのならば、歩みを止めてはならないない。
例え後ろ指をさされようとも、進み続けなければならないのだ。
この国に真の平和をもたらすために。
アロイス視点を書くのが初めてだったのでドキドキしながら書きました。
推しとの再会を果たすレティのお話も後にお届けしますのでお楽しみください(*´艸`*)




