02.推しの弟
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二日も空けてしまい、すみません。
一、永遠に探求せよ
二、博愛をもって仲間と共に精進せよ
三、失敗を恐れず創造せよ
これは、私が勤めるオリア魔法学園の三か条。
生徒たちはこの三か条を胸に勉学に励む。卒業後も思い出しては、かつてそこで過ごした日々を瞼の裏に蘇らせる。
これから入学してくる生徒たちもまた、三年間の学生生活の中でこの言葉を深く胸に刻み込むだろう。
◇
麗らかな春の午後。
私はオリア魔法学園の廊下で、舌打ちされる。
「――うるさいな、ババア」
それに続いてババアと呼ばれてしまい、思考が一瞬停止した。
ババアと呼ばれるのには慣れているけれど、推しの弟にそう言われてしまうと悲しくなってしまう。
今、目の前で私を睨みつけている男子生徒こそが、バージルだ。
艶やかな黒髪と空色の瞳を持ち、先代の国王を彷彿とさせる容姿。
先代の国王とは異なり、切れ長の目が凄みを利かせている。
彼に睨まれたら、大臣たちであっても震えるかもしれない。
「バージル殿下、先程も言いましたが、理由なく授業を抜け出してはいけません。その上、注意をされて舌打ちするのもよくありませんよ。思うところがあるのなら、言葉で伝えてください」
「だから、つまらない授業には出たくないって言っているんだよ。聞こえなかったのか?」
つまらない授業と言われてしまい、またもや私の心に重い一撃が喰らわされる。衝撃のあまり、口から血を吐いてしまいそうだ。
推しの弟にすっかり嫌われてしまったわ……。
とほほと泣きたくなるけれど、仕事中は我慢だ。
その代わりに、お屋敷に帰ったら大号泣してやろうと心に誓う。
今は、授業をサボろうとしているバージルを教室に戻すのが優先だ。
どう対応したものかと頭を捻っていると、コツコツと靴音が近づいてくる。
「バージル殿下、先生に対してそのような口の利き方をしてはいけません」
柔らかな声が聞こえて振り返ると、理事長の息子ことサミュエルさんが背後に立っている。
サミュエルさんは入学後、学級委員長になり、てきぱきと仕事をこなしている。
温和で成績が良く、超がつく程の優等生だ。
「何だよ。俺には自由にものを言う権利も無いのか?」
「そう言っているのではありません。相手を傷つけるような言動を控えるようにと忠告しているのです」
「……」
バージルはサミュエルさんを無言で睨みつけた。
怒りが滲み出ている表情なのに、どこか悲し気な表情にも見える。
サミュエルさんはというと、バージルの鋭い眼光に怯むことなく見つめ返している。
柔和で争いが苦手そうな印象があるけれど、意外と強いのかもしれない。
ややあって、バージルは舌打ちすると踵を返し――近くにある窓に足を掛ける。
「あ、ちょっと! ここは三階よ!」
止めても全く聞いてくれず、そのまま飛び降りてしまった。
「バージル殿下!!」
冷や汗がドッと吹き出る。
急いで窓から下を覗くと、バージルは地面に着地し、さっさと裏庭に行ってしまった。
「ああ……寿命が縮んだわ……」
「浮遊魔法が使えるのですから、心配しなくて大丈夫ですよ」
サミュエルさんはそう言うけれど、魔法が使えるこの世界でも防げない事故はあり、最悪の偶然が重なり不幸な結末を招くことはある。
バージルが魔法をタイミングよく発動させられなければ怪我をするかもしれないし、命を落とす可能性もあったのだ。
「それでもね、もしもの事を考えると安心できないのよ」
緊張の糸が切れて脱力してしまい、窓枠に身を預ける。
そんな私に、サミュエルさんは気遣わしく声を掛けてくれた。
「ファビウス先生、大丈夫ですか?」
「ええ、心配してくれてありがとう」
「全く、バージル殿下の行動は目に余ります。授業を妨害するだけではなく、ファビウス先生を傷つけるような事を言うなんて許せません」
「彼がそのような言動をとるのにはきっと、理由があるのよ。だからまずは理由に向き合ってみるわ」
バージルはゲームでも、不良キャラという設定だった。
授業を妨害するし気に食わないと喧嘩を吹っ掛けてしまう。
彼がそうなってしまったのには理由がある。
王太子になれなかった王子。
大罪を犯した先代の国王の息子。
先代の国王と瓜二つの相貌。
そんな彼に悪意を向ける人間が少なからず存在する。
粗野な言葉遣いや短気な言動は、彼の心が自分を守る為の防御手段だ。
おまけに彼は幼少期、今は処刑された第一王子のクロヴィスに刺客を送られて命の危機に晒された過去がある。
それ以来、弱さを見せないようわざと乱暴な態度をとるようになったのだ。
ゲームではヒロインのエリシャがバージルの心の傷を癒し、本来の心優しい性格を取り戻してくれるのだけれど――この世界のエリシャはバージルに怯えて近づこうとしない。
入学以来、何度か二人の様子を見ていたのだけど、エリシャが避けているように見えるのよね。
ゲームとは違う流れになっているから、二人の関係性も変わっているのかもしれないわね。
「ファビウス先生、教室に戻りましょう」
「でも、バージル殿下を探しに行かないといけないわ」
すると、ピッタリのタイミングで授業の終わりを告げる鐘の音が鳴る。
この後は終礼があるから、バージルを探すのはその後にした方が良さそうだ。
「……そうね。一先ず戻りましょう。ぺルグランさん、探しに来てくれてありがとう」
「当然のことをしたまでです。学級委員長として見過ごせないですから」
サミュエルさんは照れくさそうに微笑んだ。
さっそく攻略対象に翻弄されているレティ。
そんなレティを見て、ノエルは生徒たちに妬いているようです。




