10.ペルグラン公爵家の父子について
話を終えた私とノエルは、理事長の馬車を後にして、ファビウス侯爵家の馬車に乗り込む。
「レティ、浮かない顔をしているよ。大丈夫かい?」
隣に座るノエルはそう言うと、私の頬にそっとキスをして、片腕を動かして抱き寄せてくれる。
触れ合った場所から伝わるノエルの温もりが心地よい。
私はノエルの肩に頭を預けた。
「……理事長がサミュエルさんを凶暴だと言ったことが、衝撃的で……」
「私も驚いたよ。サミュエルさんを何度か見かけたことがあるが、凶暴な性格には見えない」
「学園でもずっと、落ち着いていてみんなに優しい生徒なのよ。だから、理事長がなにか勘違いをしているんじゃないかと思うわ」
それとも、サミュエルさんは屋敷に居る時は性格が変わるのだろうか。
仮にそうだとして、理事長が今になって私にその事を伝えてきた事が疑問だ。
もしも予め知らせておきたいのであれば、サミュエルさんが入学する時に話してくれたはずだろうに。
「何か理由があるのだろう。話してもらえないのであれば、明かしていくのはどうだろうか?」
「……サミュエルさんや理事長が、触れてほしくないこともあるかもしれないわ」
理事長はサミュエルさんを〝凶暴〟だと言っていたが、疎んでいるようには見えなかった。
だから、サミュエルさんが凶暴な理由を話さないのには、それなりに理由があるのかもしれない。
それに、私が隠れて調べていることをサミュエルさんが知ったら、ショックを受けると思う。
「わかった。レティは彼らの想いを大切にしたいのだね。それなら、無理に明かしはしないよ」
「私の力になろうとしてくれて、ありがとう。ノエルにはいつも、助けられているわ」
「レティの力になれていたら嬉しいよ」
ノエルは微笑むと、今度は私の唇を食むようにキスをしてきた。
少しして、ノエルの顔が離れると、目を瞑っていたノエルの瞼が開いて、紫水晶のような瞳が愛おしそうに私を見つめてくるから、胸がドキドキとして止まらない。
私からもノエルにキスをすると、ノエルが微かに息を呑んだ気配がする。
顔をノエルから離そうとした時に、ノエルが頭の後ろをそっと抑えてきたものだから、すぐには離れられなかった。
そのせいで、息継ぎができなかった私は、少し息が上がってしまう。
ノエルにその様子を見つめられると、少し気恥ずかしい。
「そ、それにしても、理事長がサミュエルさんをどう思っているのか、全く分からないわ。とても大切そうにしているのは伝わってくるのだけれど、それにしては、ペルグランさんを厳しい目で見ているような気もするのよね」
「実は、少し前にマルロー公との関係を探るためにペルグラン公について調べていたのだが、サミュエルさんとの縁談をペルグラン公がすべて断っているという話を聞いたんだ。サミュエルさんには、恋愛結婚をしてほしいから、と言って断っていたらしい。たしかに、大切に思っているのかもしれないね」
貴族の結婚は、基本的には家同士の結婚だ。
私とノエルのように、恋人になってから結婚する者は珍しい。
「そうね、公爵家の次期当主であれば、社交界での力関係を考慮して慎重に婚約者を選びそうなのに……サミュエルさんの自由にするということは、サミュエルさんの気持ちを尊重しているのね」
「ああ、ペルグラン公はどちらかというと、社交界の力関係を慎重に見極めて動く人のように思っていたから、意外だったよ」
ノエルは目を伏せると、空いている手で私の手に優しく触れた。
「ペルグラン公のことは、まだまだ分からないことがたくさんある。……どうやら、あの人は、私が傷つくところを見たくないから、レティを助けたと言った時があったんだ。どうしてそこまで、私に良くしてくれるのか……理由を知りたい」
「そのためにも、領地にお邪魔した時には、もう少し打ち解けられるといいわね」
「ああ、そうだね。まさかペルグラン公からその話をしてくれるとは思わなくて、驚いたよ」
「そういえば、ペルグラン公爵領にある聖遺物は何かしら? 聞き忘れてしまったわ」
「ユーゴとランバート博士に聞いてみたが、今はまだ手掛かりになる資料はないようだが……」
しかし、と言って、ノエルは話を続ける。
「あのおまじないの発祥の地であるならば、おまじないに関わりのあるものだろう。そうなれば、私たちがまだ見つけていない、星の剣が保管されている可能性が高いと思う」
そうなれば、おまじないに出てくる聖遺物が揃う。
全て揃った時には、なにか起こるのだろうか。
それとも、なにも起こらないのだろうか。
(黒い影を倒す手がかりが見つかるといいのだけれど……)
ゲームでは、黒い影が理事長を呑みこんで、理事長はエリシャたちを襲った。
そこで、エリシャが歌を歌い、光の力で倒したのだ。
この世界は、理事長が黒い影に呑まれる前に、理事長を助けたい。
(それに、理事長がいなくなったら、サミュエルさんが独りになってしまうもの……。それだけは、避けたいわ)
私は馬車の窓から外を眺める。
外はすっかり暗くなっており、空には月が現れ、その近くで星が瞬いている。
(サミュエルさんは、どのような決断をするのかしら?)
本音を言えば、このまま他の生徒たちと一緒に学園生活を送ってほしい。
学生生活は、一生に一度しか送れないのだから。
(だけど、サミュエルさんが過ごしやすいのであれば、少しの間は療養した方が、いいのかもしれないわね)
私は頭の中に、サミュエルさんの姿を思い描いた。
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