09.理事長の想い
「理事長――いえ、ペルグラン公。サミュエルさんのことでお話があります」
私がそう言うと、理事長は眉一つ動かさず、無表情のまま小さく頷いた。
「それでは、場所を変えましょう。私の馬車までついて来てください」
確かに、個人的な話をするのであれば、この場は相応しくない。
もしかすると、次に使う人がいるかもしれないし、誰かに聞かれるかもしれないから、場所を移した方がいいだろう。
理事長が踵を返して扉へと歩み寄るので、私とノエルもそれに続く。
そうして、理事長に彼の馬車まで案内してもらった。
馬車に乗り込んで座席に座ると、理事長が視線をこちらに向ける。
先ほどの話の続きを促されたのだと気付いた私は、口を開いた。
「今日、サミュエルさんが火傷を負っていたことを偶然知りました。私が知るよりも先にセルラノ先生を訪ねて処置をしてもらっていたようですが、傷の具合がよくありません」
「そのことでしたか。セルラノ先生から事情を聞いていますので、気にしないでください。サミュエルが、ファビウス先生には伝えないでほしいと言ったそうですね」
「はい、……私が話し辛い雰囲気を作ってしまっていたのだと思います」
「そんなことはありません。サミュエルはファビウス先生に懐いているからこそ、ファビウス先生には化け物だと思われたくないから、黙っていたかったのでしょう」
「そんな……」
私はショックを受けた。
今まで一度も、サミュエルさんをそのように思ったことがないのに、サミュエルさんにそう思わせてしまったようだ。
「ファビウス先生がそのように思っていないことは、私もサミュエルもわかっております。それでも、サミュエルは治癒魔法を受け付けない体であることを不気味がられてきましたから、彼の心が無条件にそう思わせ込んでいるのです」
心の傷は、そう簡単に消えない。
私が「大丈夫」だと言っても、今のサミュエルさんは私の言葉をそのまま受け取れないほど、傷ついているのだと、思い知った。
「実は、先ほどセルラノ先生に、傷の事について相談をしていました。もしも治りに時間がかかるようであれば、サミュエルを領地の屋敷で療養させようと思っています。学園では手が使えないと何かと不便だと思いますし、周りの目を気にするサミュエルも安心するでしょうから」
「そう……でしたか」
たしかに、寮で生活するには不便な状態だろう。
サミュエルさんの姿が見えなくなると寂しいけれど、もしもサミュエルさんが望むのであれば、回復するまでの間は療養した方がいいのかもしれない。
このまま学園で生活することがサミュエルさんの心の負担になるのであれば、なおのことだ。
「サミュエルと話してみて、あの子も望むのであれば、そうしようと思います」
「……かしこまりました」
私は視線を落として、膝の上に置いている自分の手を見つめる。
今の私にできることは、ただサミュエルさんの決断を見守る事だけなのかもしれない。
そんな自分を情けなく思う。
ノエルが視界に入り込んできて、私の手をそっと握ってくれた。その手の温もりがじんわりと伝わってくると、心が落ち着く。
「ペルグラン領は穏やかな気候ですので、療養にちょうどいいでしょうね」
ノエルはそう言うと、理事長に微笑む。
「ええ、それに、最近ファビウス卿が興味をお持ちの、セラの街もありますよ。そこに、聖遺物が保管されています」
理事長もノエルに向かった微笑みかける。
その微笑みは、少しの翳りもなく優しさだけが込められているように見えた。
だけど、理事長に話してもいないのに、私たちが聖遺物に興味を持っていることにどうして気づいたのだろうかと思うと、その優しい笑みを見て恐ろしく感じてしまう。
もしかして、なにか企てがあるのだろうかと、勘ぐってしまうのだ。
「おや、どうしてそのことをご存じなのですか?」
「風の噂で聞きました。様々な領地に保管されている聖遺物を見に行っているのですよね? よかったら、ぜひ我が領地にも一度、見に来てください。私が案内しますよ」
「いいのですか? それでは、今度お邪魔します」
「ええ、手紙で知らせていただければ、いつでも時間を空けておきます」
思ったよりもスムーズに、理事長の領地に行けることになった。
あまりにもあっけないので、拍子抜けしてしまう。
(もしかして、理事長がノエルを気に入っているから、誘ってくれたのかしら……?)
今も、ノエルが嬉しそうな笑みを浮かべていると、理事長は子を見守る親のような眼差しをノエルに向けているから、好意から誘ってくれたように思う。
ふと、理事長の視線が私へと映る。
急にこちらを見たものだから、私は思わず身構えた。
「ぜひ領主邸に泊っていただきたいのですが、もしもサミュエルが療養している時期でしたら、セラの街にも別荘がありますので、そちらに泊ってください」
「あ、あの……その時は、サミュエルさんをお見舞いしてもいいでしょうか?」
「……お気持ちは嬉しいのですが、ファビウス先生のためにも、止めておいた方がいいでしょう」
理事長の瞳が、私を真っ直ぐに見つめる。
感情の読めない眼差しで、理事長の言葉の真意がわからない。
「前にも言いましたが、あまりあの子に近づきすぎないでください。あなたが壊れない為にも、距離をとることが大切です。あの子は、ファビウス先生が思っているような大人しい子ではなく――凶暴だからですよ」
「どうして……そのようなことを言うのですが?」
サミュエルさんとはまだ半年ほどしか一緒に過ごしていないけれど、それなりにサミュエルさんの人柄が分かってきたと思う。
サミュエルさんは絶対に、凶暴な性格なんかではない。
理事長は少し、眉尻を下げた。
「見えているものが全てではないのです」
それだけ言って、この話題を終わらせてしまった。
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