06.ハラハラドキドキ
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私はノエルが差し出してくれた花束を受け取る。
今日の花束は黄色とオレンジ色の花が組み合わされた、お日様のような色合いだ。
「素敵な花束をありがとう。ノエルもお疲れ様」
「今から王城に行くから、屋敷に戻ってから渡そうかと迷ったのだけど、仕事終わりのレティにどうしても渡したくて、持ってきてしまったよ」
「ふふっ、それなら、私たちが王宮にいる間、花束は馬車の中で留守番してもらいましょ」
これからマルロー公の処罰についての話を聞くから、終わった頃には精神的に疲れてしまうだろう。そんな時に、この花束を見たら元気になれると思う。
「それでは、セルラノ先生。今日は王城での用事があるので、失礼します。理事長とは王城で会えるので、その時に先ほどの話をしますね」
振り返ってセルラノ先生を見ると、なんとセルラノ先生は笑顔のまま両目から涙を滝のようにだばーっと流していた。
「主の麗しいお姿を拝見できて、至極幸せです!」
一方で、ノエルは怯えた表情で後退り、セルラノ先生から距離をとっている。
どうやら、セルラノ先生からの猛烈なラブコールに気圧されているようだ。
「げ、元気そうでなにより……。これから王城で用事があるから、失礼する」
「今夜は王城で舞踏会は無いと把握しているのですが、もしかして今から現国王を下してこの国の王座を手にしに行くのですか? それなら、私も主にお供します!」
と、セルラノ先生が突飛な事を言ってくる。
「なんでそんな物騒な発想になるんですか!」
私は思わず突っ込みを入れた。
冗談で言っていないようで恐ろしい。それに、冗談だとしても言ってはいけないことだ。誰かが偶然聞いてしまった時、反逆罪の疑いをかけられてしまう可能性がある。
(ノエルをよく知る人は、ノエルがそのようなことを望んでいないと知っているからまだいいわ。でも、ノエルに対して悪意を持つ人が聞いたら、悪用されてしまうもの……)
しかし、社交界にはマルロー公のように、誰かを陥れようと常に目を光らせている者がいるのだ。
「なぜって言われましても……我々、星の力を持つ者たちは、主が治める国で平穏に過ごすことを切に願っていますから。もしも必要であれば、各国にいる同志をすぐに呼び寄せますよ」
セルラノ先生の言う同志とは、セルラノ先生がまとめているに所属する、星の力を持つ者たちのことだろう。
ダルシアクさんやセルラノ先生のように、人を眠らせて夢の中に入ったり、意図した夢を見せられる力を持った人たちが集まれば、小国ならすぐに陥落して、彼らは望み通り自分の国を手にできるかもしれない。
それなのに自分たちだけでは実践せず、ノエルの言葉を待っているのは、星の力が月の力を持つ者に従属するよう、力の持ち主に作用しているからなのだろうか。
「前にも言ったが、私は王になるつもりはない。それに、星の力を持つ者たちが定住できる方法を探しているから、待っていてくれ」
ノエルは静かな声で言った。
セルラノ先生の言葉を待たずに私の手を引いて医務室の扉を開く。すると、扉の先に理事長がいた。
「おや、ファビウス侯爵。王宮で会う前にこちらでお会いしましたね」
理事長は嬉しそうに目を細めてノエルを見る。父親が子どもに向ける眼差し――それも、サミュエルさんを見つめる時よりももっと、優しいものだ。
その表情が、妙に引っかかった。
(知り合いの子どもが成長した姿を見て喜んでいるような表情といったところかしら……?)
しかし、ノエルもお義父様もお義母様も、理事長と特別親しくしていると聞いたことがない。
(そういえば、扉を開けてすぐに会ったけれど、先ほどのレイナルド先生の話、聞こえていなかったかしら……?)
いつごろから扉の前にいたのかわからないから心配だ。もしかすると私たちの話し声が聞こえたから、話しが終わるまで待っていた可能性がある。
それに、ノエルを前にしたセルラノ先生は興奮して声が大きくなるから、扉の外まで声が漏れていそうだ。
(でも、聞こえていましたか? なんて聞けないし……)
それとなく聞いてみようかしら、と悩んでいると、ノエルが私の手を握る力を微かに強めた。
顔を上げてノエルを見ると、ノエルは声を出さず、唇を動かすだけで「心配ない」と言った。
ノエルは理事長に向き合うと、にこりと微笑えむ。
「私たちは今から王城に向かいます。また王城でお会いしましょう」
「ええ、私もセルラノ先生と話してから向かいます」
理事長もまた、微笑んだ。
そうして、私たちは理事長に礼をとって医務室を出た。
医務室の扉を閉めた後、ノエルは魔法の呪文を唱える。盗聴防止用の魔法だ。
「さっき、ペルグラン公が会話を聞いていなかったか心配していただろう?」
「……! 何も言っていないのに、わかったのね?」
「レティの顔を見たら、なんとなくわかるよ。実は、レイナルドが話し始めてから盗聴防止の魔法をかけたから、部屋の外にいる者には聞こえていないよ」
「それを聞いて安心したわ」
前もって対策をしていたなんて、さすがは無敵の元・黒幕(予備軍)だ。
「それにしても、言葉にしなくても私の気持ちがわかるなんて……ノエルって、本当は人の心が読めるの?」
「いいや、そんな力はないよ。もしも心が読めるなら、レティの気持ちをもっと知りたいな」
ノエルはいきなり、ぞくりとするほど甘い声で囁き始めた。ここはまだ、学園の廊下だというのに、繋いでいない方の手で私の頬を撫でて、キスしてしまいそうなほどの距離で見つめてくる。
心の底から愛おしそうに見つめられると、胸がドキドキとしてしまうが、生徒たちが通りかかるかもしれない廊下でこのまま流されるわけにはいかない。
「さ、さあ、早く馬車に乗って王城に行きましょ! 道中に予期せぬ事態が起きて、時間に遅れてはいけないもの!」
私はノエルの手を引っ張って、足早に廊下を進んだ。
秋雨が多く冷え込む時期ですので温かくしてお体に気を付けてお過ごしください…!




