05.隠れた想い
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「おや、ファビウス先生。どうされましたか?」
医務室の中に入ると、セルラノ先生がキョトンとした顔で迎え入れてくれた。
ちょうど備品の整理をしていたところだったようで、机の上には備品が並べられている。
その近くには紙と万年筆があり、不足している備品をメモしているようだ。
「実は先ほど、サミュエルさんが腕に火傷を負っていることを知りました。セルラノ先生が処置してくれたと聞いたのですが、その報告をまだ聞いていないので聞きに来たのです」
オリア魔法学園では、医務室で働く治癒師から生徒の治療や手当をした時、生徒の担任に報告することになっている。
それなのに、私はまだセルラノ先生から報告を聞いていない。
セルラノ先生が最初にサミュエルさんの火傷を処置した日から数日たっているのにも関わらずだ。
「そのことでしたか。実は、ペルグランさんから止められていたのです。ファビウス先生が心配するから伝えないでくれと必死で懇願されましたから、言うに言えなかったのですよ」
「ペルグランさんが、そのような事を言っていたのですね……」
生徒に気を遣わせてしまったなんて、落ち込んでしまう。
「理事長には伝えていますのでご安心ください。ペルグランさんに止められたからファビウス先生には言っていないことも伝えています」
「実は、密かにファビウス先生に伝えることも考えましたが、先生はきっと、知るとすぐに心配していつも以上にペルグランさんの様子を観察してしまいそうな気がして……そうなると、私がファビウス先生に話した事をペルグランさんに勘づかれてしまいそうなので、内緒にしていました」
「うっ……色々と対応してくださってありがとうございます」
「礼には及びませんよ。患者の心に寄り添った対応をすることもまた、治癒師の仕事ですから」
「患者の心……そうですね。怪我をして辛い時には、心が弱ってしまうものですから、そんな心に寄り添うべきですよね」
私はつい、サミュエルさんの怪我の状態を気にしてしまうけれど、セルラノ先生はサミュエルさんの気持ちまで考えて行動してくれている。そんなセルラノ先生を見習いたい。
セルラノ先生の言葉にじーんと感激していると、私の足元にいたジルが、尻尾をパタンと不機嫌そうに揺らす。
「なんだか、この緑髪がまっとうな事を言っていると逆に心配になる。変な物を食べたのか?」
「ジ、ジル?! なんてことを言うのよ!」
たしかに、ノエルを前にして取り乱すセルラノ先生を何度か見かけたから、ちょっと変な人だとは思っているけれども、本人に面と向かって言わないでほしい。
私はちらりとセルラノ先生を見る。
セルラノ先生は笑顔のままだったが、その笑顔がどこかジルを嘲笑うように見えるのは、気のせいだろうか。
「失礼な猫ですね。私は主のお力になるよう、いつも真面目に物事を考えて行動していますよ」
「なんだとっ! 俺様は猫ではない! 高潔な猫妖精だっ!」
このままだと、二人が言い合いを始めそうだと察した私は、二人の間に割って入る。そうして、話題を元に戻すことにした。
「そういえば、ペルグランさんの火傷は、あとどれくらいで治りそうですか?」
「回復が遅いので、一ヶ月はかかるかもしれません」
「酷い火傷でしたものね。……それにしても、ペルグランさんが二度も火炎魔法で火傷を負うなんて意外です。実践魔法の成績は良いですし、教科担当の先生からも火炎魔法が苦手だという話を聞いたことがないのですが……」
もしかして、高難易度の火炎魔法を自己流で学んでいるのだろうか。
しかし、ペルグランさんが高難易度の火炎魔法を学ぶ理由が思いつかない。
「あの怪我は火魔法による火傷ではないでしょう。恐らく、治癒魔法を受けた際の拒絶反応かと思われます。とはいえ、ペルグランさんが頑なに火傷と言うので、そういうことにしていますが……」
セルラノ先生が言うには、通常、痕がつくほどの火傷を負った場合は皮膚に水ぶくれができるはずだが、ペルグランさんにはそれが無かったらしい。
不思議に思ったセルラノ先生が密かに解析魔法をかけたところ、ペルグランさんの傷跡には火炎魔法ではなく治癒魔法の痕跡が残っていたようだ。
「理事長には火傷ではないことも伝えました。そして、治癒魔法を受けて火傷のような状態になるケースは初めて見ましたので、ペルグランさんの治療の記録をとりたいと理事長に頼んでみたのですが、断られてしまいました」
セルラノ先生が、しゅんと項垂れる。
貴重な記録が取れないのは残念だろうが、万が一サミュエルさんに関する治療の記録が公になった時、サミュエルさんが他者から心無い言葉をかけられる可能性もあるから、理事長が断ってくれて良かったと思ってしまった。
「それにしても、ペルグランさんはどうして治癒魔法を腕にかけたのでしょうか?」
「私も気になっていますが、ペルグランさんの話に合わせていた手前、当時の状況を探れませんでした」
治癒魔法を受け付けない体質だから、自分自身では魔法をかけないはずだ。
それなら、誰かが善意で魔法をかけてあげたのだろうか。
もしもそうであれば、同じような事態が起こらないよう、対策を考えておいた方が良さそうだ。
「既にセルラノ先生が報告してくれていますが、念のため私も理事長に話してきますね」
「そうですね。ファビウス先生も知った以上、そうした方がいいでしょう」
私が踵を返して医務室の扉を開けようとした時、扉がひとりでに開いた。
驚いて扉の開いた先を見てみると、花束を抱えたノエルが立っていた。
「お疲れ、レティ。迎えに来たよ」
寒くなってきましたので温かくしてお過ごしください。




