03.敵地に潜入☆作戦はどうでしょう?
メアリさんの話によると、悪夢を見ないためのおまじないについて記された歴史書があり、そこにおまじないが広まった経緯が書かれていたらしい。
「ペルグラン公爵領にある、後にセラと名付けられる街にグウェナエルと女神、そして星の力を持つ青年が現れた日、街に黒い影が現れた。その時、女神が黒い影に例のおまじないを唱えると、黒い影が消え去ったそうだ」
街の人たちにとって、黒い影が街を覆う様子は悪夢のようだった。
だから、おまじないでその黒い影が消えていく様子を見た街の人たちは、女神様のおまじないの力にあやかりたい想いで、悪夢をみないためのおまじないの呪文とした。
メアリさんが話し終えると、ノエルはジャケットのポケットから懐中時計を取り出して時間を確認した。
「――もう時間か。そろそろ次の場所へ向かおう」
今から私とノエル、そしてミラとダルシアクさんとセルラノ先生は、セルラノ先生の家へと向かう。
そこでルスが待っており、黒い影についての報告をすることになっているのだ。
ノエルは全く気乗りしていないようだが、ドーファン先生を使ってマルロー公の陰謀を暴く手伝いをしてもらった対価として、仕方がなく報告するらしい。
(メルヴェイユ王国のスパイであることをノックス王国の人たちに暴露したダルシアクさんをルスに会わせても大丈夫なのかしら?)
兄弟にさえ容赦のないルスのことだから、手下だったダルシアクさんが相手なら躊躇いもなく殺してしまうような気がしてならない。
心配になってノエルに相談してみたところ、ノエルは私の考えとは違い、ルスは絶対にダルシアクさんを殺さないはずだと言った。
なんでも、ダルシアクさんが星の力――ルスが好む強力で稀少な力を持っているため、ダルシアクさんがルスに危害を加えようとしない限りは殺さないだろうと考えているのだ。
◇
そうして、私たちはセルラノ先生の家に辿り着いた。
セルラノ先生はディエース王国の宮廷で働いていたこともあってか、王都の中でも比較的富裕層の平民が住む居住区画に一軒家を構えている。
レンガ造りの、華美ではないが趣のある家だ。
「わが家へようこそ。あのお方は居間で待っていますので、案内しますね」
セルラノ先生がにこりと微笑んで、魔法で扉を開ける。
私はセルラノ先生に続いて中に入り、居間へと案内してもらった。
居間に入ってすぐに、大きなソファの真ん中に遠慮なくどっかりと座って本を読んでいるルスを見つけた。
「遅かったな。俺を待たせるとはいい度胸だ」
責めるような口調だが、ルスの顔を見ると、楽しそうに口元で弧を描いている。どうやら、軽口を叩いているつもりのようだ。
冷酷な一面を散々見せてきたルスにされると心臓に悪いので、止めてほしい。
「ルスラーン陛下、何を仰いますか。我が主がすばらしい時間管理能力を発揮して、約束の時間よりも少し前に着いたのですよ。むしろ、ルスラーン陛下が早く着きいたです」
セルラノ先生が眉尻を下げて抗議する。ルスに怖気ることなく文句を言うなんて、命知らずではないだろうか。
恐る恐るルスを見てみると、ルスは気を害した素振りはなく、笑みを浮かべたまま鼻を鳴らした。
「小言はいい。さっさと茶を淹れてくれ」
「かしこまりました。主がいますので、腕によりをかけて淹れますね! みなさん、お好きな場所に腰かけていてください!」
「ほう? 月ののために腕を振るって茶を淹れるだと? 俺だけの時は適当だったということか?」
「滅相もございません。ルスラーン陛下のために丹精込めてい入れましたが、今日はより一層美味しく淹れる所存だということです」
ルスとセルラノ先生が繰り広げる会話に、私はハラハラとするばかりだ。
「レティ、心配いらないよ」
ノエルはそう言うと、私をルスの差し向かいにあるソファに座らせてくれた。
私が座ると、ノエルが隣に座わる。
ミラとダルシアクさんは立ったままでいたが、ノエルに座るように言われて、ソファから少し離れた場所にある、食卓用のテーブルに備え付けられた椅子を選んだ。
「黒い影は治癒魔法を嫌う素振りを見せていましたが、聖遺物で攻撃できることがわかりました」
ノエルが話を切り出すと、ルスの目が獲物を目にした猛獣のようにギラリと光る。
「その聖遺物はどこに?」
「ここにあります」
ノエルはジャケットから聖遺物の二つを取り出して、魔法で元の大きさに戻す。
それをルスに手渡すと、途端に二つとも元の簡素なデザインの武器に戻った。
ルスはそれぞれを丹念に調べたか、やがて飽きたようにポイッとノエルに返した。
「その武器は二つとも、月のの力に反応しているようだな」
「ええ、一つは”月の槍”と呼ばれており、もう一つは”宵闇の棍棒”ではないかと推測しています」
「……どこかで聞いた名だな。――黒い影を鎮めるまじないの呪文ではなかったか?」
「ええ、その呪文となった武器です」
ノエルはルスに、先ほどメアリさんから聞いたことを話した。
ルスは一言も話しを挟まずに、興味津々でノエルの話に耳を傾けた。
そうしてノエルが話し終えると、ルスが口を開く。
「例のまじないがペルグラン公爵領から広まっていたということは、まじないに関係のある聖遺物が残されているかもしれないな」
「ええ、私も関連があるのではと気になっています。ただ、今までまじないの発祥元が広まっていなかったのはペルグラン公が情報が漏れないようにしている可能性が高いので、慎重に調べなければなりません」
ぺルグラン公爵領の聖遺物については、私も気になっていたところだ。
あのおまじないが広まり始めた領地であるなら、まだ見つけていない聖遺物――星の剣が保管されているかもしれない。
「それなら、敵地に潜入☆作戦はどうかしら?」
私が提案してみると、ルスがお腹を抱えて笑い始めた。
「あははっ! どうやって潜入するつもりだ?」
「変装して聖堂に行って、後はその辺りにある本を読み漁ります」
「くくっ、重要な資料であれば、禁書庫のような場所で厳重に保管されているから見つからないだろう。それに、見知らぬものが現れて読み漁っていては、すぐに捕まってしまうぞ。レティは相変わらず無謀で愉快な計画を立てるな」
そして、悪口のようなことを言ってくる。本当に失礼な王様だ。
「しかし、レティなら最終的に万事うまく進めるに違いない。実行してくれ」
「ええ、すぐにでも実行に移しますよ」
やけになって返事をすると、ノエルが私の唇に人差し指で触れる。私は思わず、キュッと唇を引き結んだ。
「ダメだよ、レティ。ぺルグラン公は用心深い方だから、まずは相手の出方を窺って、作戦を立てよう」
「でも、用心深い相手が動くのを待っていたら年単位で時間が過ぎてしまうかもしれないわ。先手必勝で動くしかないわ!」
私はノエルの指を手で掴んで唇から離し、抗議する。
そんな私に、ノエルは空いている方の手で頬を撫でてきた。
「……わかった。私から働きかけるから、待っていてくれ」
私とノエルのやり取りを聞いていたルスが、またもや声を上げて笑い始める。よほど楽しいのか、ソファの上で転がり始めた。
「以前にも増して、月のはレティの尻に敷かれているな。初めて月のと会った頃とは大違いだ」
ルスの言葉に、ノエルが恨みがましいそうな目を向ける。
「そうとわかっていながら妻を煽らないでください」
「ふっ、自分では止められないからといって、そう睨むな。次の報告を楽しみに待っているぞ」
ルスはニヤニヤとした笑みを浮かべたまま、ふっと姿を消した。
そうして彼の姿が消えても、笑い声だけはまだ残っていた。
「……レティ、まずは私がぺルグラン公に近づくから、それまでは待っていてくれ」
「でも、どうやって?」
私の問いに、ノエルは黒幕然とした妖艶な笑みを浮かべる。なにかを企んでいる顔だ。
その震えるほど恐ろしく美しい笑みを見て、私は思わず息を呑んだ。
「そろそろ、マルロー公の始末のことでアロイスから呼び出される頃合いだからね。その時にさりげなく近づくよ」
いつも応援いただきありがとうございます。
物語を楽しく読んでいただきたいと思い、ここに書くべきか迷いましたが、これからしばらく、更新が間に合わなくなることが増える可能性があるため、状況をお伝えできたらと思います。
昨年から体調を崩しており、最近服用し始めた薬の副作用で長く起きていられず執筆できる時間が限られているため、週一の更新を目指しておりますが、どうしても間に合わずお休みする週もあるかもしれません…。
(病気にかかっているような表現になってしまったのですが、会社の深夜残業が続いた疲労が原因ですのでご安心ください…!)
長らく応援いただいているのになかなかお応えできず誠に申し訳ございません。
早く回復して完結までたくさん更新できるよう、今年中には状況を改善できるよう進めていますので、もしよろしければ引き続き更新をお待ちいただけますと嬉しいです。
残暑が続いていますので、お体にお気をつけてお過ごしください。




