02.仮説
ユーゴくんは眉尻を下げて、自信なさげに答える。
「ええと、ノエルさんの魔力が強くなったと同時に、ずっと昔にもその魔力を感じていたような、懐かしさを感じるようになったんです」
「それって、アンタが幼い頃に、今のノエルの魔力を感じたことがあるかもしれないってこと?」
ミラからの質問に、ユーゴくんは両手と頭を横に振って、全身で否定した。
「いえ! ノエルさんとは今年初めて会いましたし、幼い頃はここから遠く離れた国をふらふらと彷徨っていたので、ノエルさんに会えない状況でした!」
たしかに、もしも幼い頃にノエルとユーゴくんが出会っていたら、ユーゴくんはノエルの持つ月の力に気づいて、覚えていただろう。
「う〜ん、星の力の影響かどうかもわからないわね」
ミラが嘆いて頭を抱えていると、さきほどまで感涙を流してノエルを見つめていたセルラノ先生が、突然ミラとユーゴくんの話に入ってきた。
「いえ、彼のいう通り、私も懐かしさを感じました。ただ、『完全ではないが、似ている』といった気持ちになるのです。仮説ですが、主が本来の月の力を取り戻している最中であり、我々は星の力が持っている記憶によりそのように思っているのかもしれません」
「なにそれ、星の力が持っている記憶が受け継がれているってこと?」
ミラが胡乱げな眼差しをセルラノ先生に向けた。あからさまに、セルラノ先生を疑っている。
一方で、セルラノ先生はそんな態度をとられても、少しも気にしていないようで、にこりと微笑んだ。
「ええ、星の力を持つ者は月の力を感じると涙を流すのは、星の力が月の力との思い出を記憶を持ち、私たち星の力を持つ者の心に作用しているからだと推測しています。ですので、私たちはなにかしらの記憶を受け継いでおり、思い出すことができるかもしれません」
「なるほどねぇ。じゃあ、頭に強い衝撃を与えたら思い出すかしら?」
ミラが右手で拳を作る。そのままセルラノ先生に襲い掛かりそうな雰囲気だったので、私は慌てて止めた。
「叩いて他の記憶が飛んだら、どうするつもりなのよ?!」
「やってみないと、わからないじゃない」
「とにかく、ダメよ。別の方法を探しましょう」
ひとまず、私はミラの両手を握って拳を封印した。ミラの関心を逸らすためにも、メアリさんに話しかける。
「メアリさんは、星の力の記憶について、どう思いますか?」
「ふむ……その可能性が、無くはないかもしれないね。オリヘンの遺跡に残された資料には、女神が星の力を人間に与えたのは、月の力を持つ者を助けるためだと書かれていたから、月の力を持つ者が助けを必要とした時にすぐに助けられるよう、月の力を持つ者への忠誠の記憶を受け継がせているのかもしれない」
メアリさんは魔法を使い、一冊の本を手元に引き寄せる。
「これは、マルロー公たちがブロンデル侯爵領にあるセラの街の聖堂から盗み出した資料――グウェナエルと女神が訪れた時のことが書かれた、司祭の手記だよ。エルヴェシウス卿から受け取って読んでいたところ、星の力についての記述があったのさ」
「もしかして、星の力を持つ者もまた、その街に現れたのですか?」
「明確に星の力を持っているとは書かれていないが、ユーゴたちと同じ力を使っていた人物について書かれている」
メアリさんが該当するページを開いて手記を手渡してくれたので、私はミラと一緒にその手記を読んだ。
手記によると、ブロンデル侯爵領のセラに、青年ほどの年齢のグウェナエルと、女神様、そしてもう一人、グェナエルと年の近い青年の三人が現れた。
彼らが街に滞在していた時、街に魔物の群れが現れ、グェナエルと青年は住民たちを守るために魔物と戦った。
街の人たちも協力して魔物と戦ったが、魔物の数が多くて苦戦していた。
その時、青年が魔法を使うと、魔物たちは気絶したかのようにその場に倒れて眠った。そして、まるで悪夢にうなされているかのように藻掻き始める。
グェナエルと街の人たちは、魔物たちが眠っている間に攻撃して倒した。
人々は魔物の脅威が去って安堵したが、すぐにその青年の持つ力を恐れた。
魔物を眠らせ、苦しめた魔法を、自分たちも使われることを恐れたのだ。
そんな人々の反応を気にしてか、グェナエルたちは魔物を討伐した後、街の人たちに、聖遺物である弓矢を渡した後、すぐに街を去った。
手記は、その青年は人の夢に干渉する力を持っていたのではないか、といった司祭の推測で締めくくられている。
「――たしかに、星の力は対象を眠らせて夢に介入することができるので、星の力を持つ者かもしれませんね。この青年は、他の資料にも登場しますか?」
「その手記が初めてさ。だから、エルヴェシウス卿から借りた本を片っ端から読んで、悪夢を見ない為のまじないについて調べると同時に、この青年についての記述も探すつもりだよ」
「色々と調べていただきありがとうございます」
「こちらこそ、侯爵夫人たちのおかげで堂々と調べられるようになったから、本当に感謝しているよ。だから、少しでもお役に立てるよう研究に励むよ」
メアリさんがにっこりと微笑んでくれた。
「そういえば、まじないのことで気になることがあってね」
「なにか新しいことが分かったのですか?」
「ああ、まじないが広まったのは、今のペルグラン公爵領のようなんだ」
「ペルグラン公爵領……」
それは、理事長が治めている領地だ。
私とノエルは、思わず顔を見合わせた。