閑話:元同僚からの餞別(※ノエル視点)
ローランを見送ったあの日、ローランからとある資料を手渡されていた。
それはローランが作成したもので、彼が今までに出会った星の力を持つ者たちについての記録が書かれている。
出会ったのは三人。
いずれも男で、高齢だった。
彼らは流浪の民であり、出身国はそれぞれ異なる。
共通点といえば、流浪の民である事と、警戒心が強いという事のみ。
星の力を持つ者の法則性を見出せるかと思ったが、そう簡単にはいかないようだ。
「ノエルさん、それは何ですか?」
魔術省舎の裏庭で資料を読んでいると、ユーゴが物珍しそうな顔をして覗き込んできた。
「ローランが残してくれた資料だ。君と同じ、星の力を持つ者たちについて書かれている」
「うへぇ……怖くなるほど細かく書かれていますね。僕、ローランさんだけは絶対に敵に回したくないです」
ユーゴは余程恐ろしく思ったのか、身を震わせている。
彼はどちらかと言えば、「星の力を持つ者」らしくない人間だ。
純真で人懐っこく、警戒心が無い。
だからこそ人買いを差し向けられたのだろうと、ローランが話していた。
「それにしても……ローランさんの絵は迫力がありますね。何を描いているのかさっぱりわからないですけど、妙に惹きつけられます」
「ああ、敢えて触れなかったが、初めて見た時は人ではなく逆立ちした合成獣を描いたのかと思ってしまったよ」
恐らくは対象となる人物の特徴がわかるように、と親切心で似顔絵を描いてくれたのだろう。
しかし残念なことに、人の形をしていない不可解な生き物に仕上がっており、逆に特徴がわからない。
「一先ず、文字で書かれている特徴を覚えておこう。もしかすると、ノックスに入国してきた彼らと出会う可能性があるかもしれない」
「もし出会ったら、ノエルさんはどうするつもりなんですか?」
「……」
星の力を持つ者に出会ったら、彼らもまた、自分が持つ能力の意味を知ることになるだろう。
ローランのように忠誠を誓うのか、
ユーゴのように忠誠心に戸惑うのか、
それとも――。
「どうするつもりもない。前にも話したように、私はこの力を使って何かを成そうとは思っていないんだ」
星の力を持つが故に外れ者にされている彼らは、それを聞いて何を思うのだろうか?
そんな事を考えてしまう時がある。
「それを聞いて安心しました。僕は争い事が苦手ですので、『この世界を支配する』なんて言い出したらどうしようかと思いました」
「そのような手の掛かることはしたくないな」
なにより、この平和な日常を壊したくないのだ。
私はレティと一緒に穏やかな日々を送ることができればそれでいい。
それ以上の何かを求めるつもりはない。
「私も、ユーゴがユーゴでよかったと思うよ」
「どういうことですか?」
「そのままの意味さ」
「……むぅ」
ユーゴは私の返答が納得いかなかったようで、唇を尖らせている。
彼のそのような姿を見ていると毒気が抜ける。
今の私は、王宮の端にある魔術省舎に居るというのに……。
ここはかつて、先代の国王の影を恐れて神経を尖らせていた場所だ。
それにも拘わらず、ユーゴの所為で時おり、気が抜けるようになってしまった。
いつの間にか、彼が来てくれてよかったと思う事さえある。
ローランが連れて来た時には、「なんて面倒な事をしてくれたのだ」と考えていたのだ。
しかし、ユーゴが穏やかな日常を呼び寄せてくれているのを実感すると、感謝したくなる。
彼もまた、ローランが残してくれた置き土産だ。
足音がして私とユーゴが振り向くと、同僚が姿を現した。
「ファビウス卿もユーゴもここに居たのか。そろそろ定例会議が始まるぞ」
「ああ、行こう」
書類をローブの胸元にしまい込み、ベンチから立ち上がる。
「ノエルさん、今日のお昼は何でしょうね?」
「……もう昼食の話か……」
いささか不安になるほどお気楽なユーゴと共に、仕事場に戻った。
魔術省舎に入り、どこを探しても、ローランの姿はもうない。
見知った顔が居なくなると、馴染みのあるこの場所の見え方が変わったように思える。
しかしそれは、悪い変化ではない。
元同僚の旅立ちを見送り、そして私もまた、新しい日常を迎えるのだから。
第二章は本話にて完結です。
次章からぞくぞくと新キャラクターたちが出てきますので、随時登場人物のページを更新いたします。
これからも黒幕さんをよろしくお願いいたします。