07.夫がなんでもこなします
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モーリア伯爵家の領主邸にある客室に案内されて、昼食前の身支度を終えた私は、部屋に置かれた姿見の前で、愕然としていた。
鏡に映っているのは、ノエルの手によりすっかり磨き上げられ、ノエルとデザインを揃えた淡い紫色のドレスを着た私だ。
「す、すごいわ……。ノエルったら、本当に完璧に私の身支度をしてくれるなんて……。もしかして、誰かに教わったの?」
私は鏡越しに、私の背後で満足そうに微笑むノエルに視線を向けて問いかける。
「いいや、教わってはいないけれど――結婚してからは度々、レティのドレスに触れるから、その応用でね?」
「――っ」
こちらを見つめるノエルの瞳に、甘ったるさと色っぽさが入り混じり、途端に妖艶な空気が漂い始める。
私は慌ててノエルから目を逸らした。
「ま、まさか化粧をすることもできるなんて思わなかったわ。化粧は誰かに教わったの?」
「いいや、レティのいつもの化粧をそのまま再現してみただけだ」
最近の私のメイクレシピはいくつかあり、どれもファビウス侯爵家のメイドたちが日々の私のコンディションに合わせたメイクを研究をして見つけ出してくれたものばかりだ。
それをノエルがいとも簡単に今日の私の肌のコンディションに合わせて見事に再現してしまったのだから、ファビウス侯爵家のメイドが聞いたら泣いてしまいそうな気がする。
「ノエルって、なんでもできるわね」
「さすがになんでもはできないけど、レティがそう思ってくれて嬉しいよ」
ノエルは鼻歌を歌い出しそうなほど嬉しそうにそう言うと、最後の仕上げ――私の髪を結い始めた。
◇
食堂へ行くと、すでに席に座っていた前モーリア伯爵夫人と控えていたメイドたちが、頬を赤く染めて私とノエルを見た。
「まあ! ファビウス侯爵夫人の先ほどの装いも素敵だったけど、今はさらに素敵になったわね。ドレスがとてもよく似合っているし、髪飾りのデザインがファビウス侯爵夫人にピッタリだわ」
今回の髪飾りは銀細工で葉の意匠があしらわれており、紫色の小さな魔法石がいくつかはめ込まれてデザインのアクセントになっている。
髪はノエルが編み込みを入れて結い上げてくれており、きっちりとしているけれどさりげなくお洒落な髪型にしてくれた。
「ありがとうございます。夫が張り切って仕上げてくれましたので、そう言っていただけて嬉しいです」
本当の事だからそう言うと、前モーリア伯爵夫人とメイドたちは頬を赤く染めて、少女のようなきらきらとした眼差しを向けてくるのだった。
その視線から逃げ出したい気持ちでいると、前モーリア伯爵が気を利かせて聖遺物についての話を始めてくれる。
「聖堂に保管されている棍棒は、どこにでもあるような、いたって普通のものですが、記録によるとグウェナエルが手にした時に形を変えたそうです」
私とノエルは顔を見合わせた。
ノエルがルドライト王国の国王から譲ってもらった月の槍もグウェナエルが手にした時に形を変えているため、やはりここに保管されている棍棒も特別な武器のように思えた。
「その棍棒は、どのようないきさつでこの領地に保管されるようになったのですか?」
ノエルの問いに、答えたのはブレーズ様だった。
「グウェナエルと女神様がセラを訪ねた時に魔物が現れ、その際にグウェナエルが武器商人から借りたものでした。武器商人が持っていた時は何の飾りもない棍棒だったのですが、グウェナエルが持つと模様が浮かび上がってきたと言われています」
ブレーズ様の話によると、グウェナエルは魔物を倒し終わった後、棍棒を武器商人に返した。
武器商人は魔物を対峙してくれたお礼に棍棒を贈りたがったが、グウェナエルに断られ、その時に一緒にいた女神からはこの地に置いておくよう言われたそうだ。
(やっぱり、ルドライト王国の時と同じだわ。ということは、ここに保管されている棍棒は宵闇の棍棒なのかしら?)
この領地に保管されている聖遺物について考えていると、不意にノエルが私の名前を呼んだ。振り向くと、ノエルは笑顔でこちらを見ており、ノエルが切り分けたであろう白身魚のポワレが乗せられたフォークをこちらに向けている。
「レティが好きそうな味だよ。食べてみて?」
そう言い、ずいとフォークを近づけてくる。食べさせてくれるつもりのようだが、他の人がいる前で食べさせてもらうのはいかがなものか。
「あらあら、ファビウス侯爵夫妻は本当にラブラブねぇ」
前モーリヤ伯爵夫人がうっとりとした調子でそう言うと、ルーセル師団長が「本当に、夫婦仲が良いですな!」とコロコロと笑う。
逃げ道を失った私はノエルに食べさせてもらい、みんなの視線が集まって気恥ずかしさを感じながらも、もぐもぐと咀嚼した。




