06.ファビウス侯爵は妻が好きすぎる
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その翌週の昼前に、私とノエルはモーリア伯爵領にいた。
王都を発ってから二日ほど、途中にある街で泊まり、ようやく領都に辿りついたところだ。
私は馬車の窓に顔を近づけ、領都の美しい景色に夢中になって眺める。
モーリア領の領都には街を横断するように川が流れており、花で彩られたボートが浮かべられている。
川沿いには、パステルピンクやパステルイエローといった可愛らしい外壁の建物が建ち並ぶ。
道には美しい花を植えた植木鉢が飾られており、街のどこを切り取っても絵になりそうだ。
「素敵な街ね。今回は調査のために来たけど、次は旅行でここに来たいわ」
綺麗な景色をみながらゆっくりと堪能したら、いいリフレッシュになりそうだ。
そう思ってノエルに話し掛けると、ノエルは嬉しそうに微笑みかけてくれる。
「ああ、調査が終わった後すぐにでも宿を予約しておこう。この街は春に開催される花祭りが有名だから、その期間にまた訪れるのもいいね」
「ふふっ、来年の春の旅行先が決まったわね」
私とノエルは早くも、来年の春の旅行の計画を立て始める。
そうしている間に、馬車が領主邸の前で停まった。
馬車の扉が開き、先に下りたノエルがエスコートして降ろしてくれる。
馬車から降りてすぐに見えた領主邸は横に長い大きな建物で、切妻屋根の色は美しい青色。
外壁にいくつも並ぶ窓の一つ一つに青色の花が咲いた植木鉢が置かれており、こちらもおとぎ話に出てくるお屋敷のようだ。
「花に彩られた綺麗な屋敷ね」
「レティが気に入ったのなら、うちの王都の屋敷と領主邸もそのようにしよう」
ノエルのエスコートで馬車から降りた私は、前モーリヤ伯爵夫妻――ディディエとブレーズ様のご両親とモーリヤ伯爵家の使用人たちに出迎えてもらった。
前モーリヤ伯爵夫人はディディエに似た儚げな雰囲気のある金髪碧眼の貴婦人で、前モーリヤ伯爵は亜麻色の髪をきっちりと整えた真面目そうな男性だ。
二人はブレーズ様に爵位を譲った後、この領主邸で過ごしているそうだ。
前モーリヤ伯爵夫人は私とノエルの服を交互に見ると、「まあっ!」と嬉しそうに声を上げた。
「ファビウス侯爵と侯爵夫人はお揃いの服を召されているのね。新婚らしくて素敵だわ」
そう、ノエルは今回の調査のために、私とノエルの新しい服を急遽用意させたのだ。そのどの服もデザインや色を揃えている。
二人とも若草色を基調にしており、生地の色と同系色の糸でファビウス侯爵領で咲く花の刺繍を刺している。
わざわざ調査に行くために新しい服を用意しなくても……とノエルに言ったのだけど、ノエルは今回の調査も私たちの大切な思い出にしたいからと言って、用意した。
「はい、愛する妻と揃いにしたくて、急いで用意させました」
ノエルが嬉しそうに答えると、モーリア家のメイドたちから感嘆の溜息が聞こえてきた。
前モーリヤ伯爵夫人とメイドたちからキラキラとした眼差しを向けられてしまい、気恥ずかしさのあまりその場から逃げ出したくなる。
もちろん、貴婦人を前に挨拶もなく立ち去るなんて無作法だからできないのだけれど。おまけにノエルがしっかりと私の手を繋いでいるから逃げられないのだけれど。
するとブレーズ様が私たちに話しかけてきた。
「今日は旅の疲れを癒してください。お二人にそれぞれうちの使用人をつけるので、必要な物があれば遠慮なく彼らに言ってください。用意させます」
聖遺物を保管してある街――セラへは領都から馬車で片道一時間かかる場所にある。
今から行くこともできるけれど、ブレーズ様が配慮してくださって、今日は領主邸で休ませてもらうことになった。
「お気遣いありがとうございます。しかし、妻の身支度は私がするので使用人をつけていただかなくて結構です」
「ノ、ノエル?! 何を言っているの?!」
ノエルの唐突な申し出に、私は思わず突っ込みを入れてしまった。
貴族は使用人に身の回りの世話をしてもらうというのに。
(だれか、私の他にも突っ込みを入れてくれたらいいのだけれど――)
私はさっと周りに視線を走らせる。
前モーリア伯爵夫人とメイドたちは頬を染めてきゃあっと声を上げており、ブレーズ様と前モーリア伯爵はポカンと口を開けており、その隣にいるディディエは苦笑している。
突っ込み不在だ。
「愛する妻を誰にも任せたくないんだ」
ノエルは眉尻を下げてそう言うだけで、撤回しようとしなかった。
後にこのことがまた、社交界の話題に上がり、ファビウス侯爵は妻を溺愛していると囁かれるのだった。