05.秘密
サラとの話を終えた私は、待っていてくれたノエルと一緒に馬車に乗って帰路につく。
見送ってくれていたサラたちの姿が見えなくなると、ノエルが美しい微笑みをこちらにむけてくる。
「リュフィエとの話はどうだった?」
「ええ、久しぶりに楽しく話したわ」
リュフィエさんがディディエとフレデリクの関係を見守っていただなんて、ノエルに話すわけにはいかない。
実を言うと、ノエルにはまだディディエとフレデリクの関係について話していないのだ。
さっきの会話を一緒に聞いていたジルには、絶対にノエルには言わないでほしいとお願いした。
ジルは耳をピンと後ろに倒して少しの間渋っていたけれど、「しょうがないな」と言って了承してくれた。
(繊細な話だし、ノックス王国の社交界では良しとされない内容だから、触れない方が良さそうなのよね)
私も微笑み返して誤魔化してみると、ノエルは右手を私の頬に添える。突然のことに私が目を瞬かせていると、労わるように優しく撫でてくれた。
先ほどまで微笑みを浮かべていたノエルが、今は気遣わしそうな眼差しで私を見ている。
「楽しく話したという割には、浮かない顔に見えるのだが……なにかあったのかい?」
「い、いえ、特に何もなかったわよ?」
「それならいいんだ。もしも私が力になれることがあれば言ってくれ」
私はちゃんと笑えていると思っていたのだけれど、ノエルの目にはそう見えなかったようだ。
ノエルは私の動揺を見破ったようで、心配してくれている。
「心配してくれてありがとう。リュフィエさんとの間には何もなかったから気にしないで。ただ、新しい一面を見て驚いただけで、本当に楽しく話したのよ? だけど、もしも何かあったらノエルに相談するわね」
そう、私はただ動揺しただけ。
ヒロインは恋愛するものだと思い込んでいたのに、自分の恋愛より腐女子に目覚めて同級生たちの恋にドキドキしているサラに驚いてしまった。
人は変わるものだ。リュフィエさんがオリア魔法学園を卒業してからまだ一年も経っていないけれど、新しい環境で過ごすうちに変わったのかもしれない。
「……いや、そもそも在学中に腐女子になっていたのかしら……?」
もしかすると、私がシナリオに気をとられてきづいていなかったのかもしれない。
「フジョシ? 初めて聞く言葉だね」
私が零してしまった言葉をしっかりと聞いてしまったノエルが、コテンと首を傾げる。
「特定の淑女を差す言葉よ。申し訳ないのだけど、淑女たちの神聖な領域に触れることだから、これ以上は私が軽々しく口にするわけにはいかないわ」
この世界にはない言葉だから、ノエルが調べたところでなにもわからないだろう。
このままだとうっかり口を滑らしてサラとの会話をノエルに話してしまいそうだから、話題を変えることにした。
「そういえば、モーリア領へ調査に行けることになって本当に良かったわ。急なお願いにもかかわらず、すぐに案内してくれるなんて感謝しかないわね」
「ああ、有難いことだが、レティのための護符を用意するのにあまり時間がないから急がなければならないな」
「え、私に護符を?」
私は思わず聞き返してしまった。
ただ調査に行くだけなのに護符を用意するなんて、大袈裟な気がする。
「また黒い影が出てくるのではないかと思うと不安だからね。もしモーリア領にある聖遺物が宵闇の棍棒であれば、私が持っている月の槍に反応するかもしれない」
「たしかに……どちらもおまじないで名前を唱えられている武器だから、その可能性は十分あり得るわね」
「それに、調査に行くまでに虫除けも用意しておこう」
「あら、モーリア領ってたくさん虫が出るの?」
「……たくさんというほどでもないが、厄介な虫がいるからね」
厄介な虫とは何だろうか。虫対策するためにノエルにその虫について聞いても教えてもらえなかった。




