04.ヒロインの想い
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無事に話し合いが終わり、私はノエルの手をポンポンと軽く叩く。ノエルはすぐに振り向くと、甘い微笑みを私に向けた。
「どうしたんだい?」
「この後、少しだけリュフィエさんと話したいことがあるから別行動していいかしら?」
「別行動……」
ノエルは目に見えてしゅんとしてしまった。まるで飼い主から留守番を言い渡された犬のような表情を浮かべている。
「リュフィエさんのことで少し気になることがあるのだけど、もしかすると彼女にとって言いにくいことかもしれないから、私だけが聞いた方がいいと思っているのよ」
「……わかった。ここで待っているよ。だけどジルは連れて行ってほしい。いつ何が起こるかわからないからね」
「ええ、わかったわ。――ジル、行きましょう?」
私が声をかけると、どこからともなくジルが現れる。
「ご主人様、お任せください! 小娘が無茶をしないよう、俺様がしっかり見ておきます」
ジルは得意気に胸を張って宣言した。
「無茶って……私はただ話しをしに行くだけよ?」
私は思わず突っ込みを入れた。教え子と話すだけなのだから、無茶をする場面なんてないはずだ。
それなのに、ノエルは「ああ、レティをよろしく頼むよ」なんて言う。
「どうして私が無茶をする前提なのよ?」
「なにが起こるかわからないからね」
ノエルはそう言って微笑むと、また私の頬にキスをした。なんだか誤魔化されたような気がする。
「ジルさんがついているなら安心ですね」
ディディエが柔らかな笑みを浮かべる。
どうして私一人では安心できないのだろう。百字以内で説明してほしい。
「いやはや、頼もしい使い魔ですな」
ルーセル師団長も加わってジルを称賛するものだから、私は何とも言い難い気持ちになった。
◇
応接室を出た私は、ディディエの案内で魔術の訓練をしているサラに声をかけた。
光使いとして宮廷魔術師団に所属しているサラだが、魔物との戦闘に備えて魔術も学んでいるそうだ。
サラはディディエの声を聞くや否や飛んできてくれた。
私が二人で話したいと伝えると、外にあるベンチに案内してくれる。そこで座って話すことになった。
「ファビウスせんせーとお話できて嬉しい! 今度イザベルたちに自慢しま~す!」
サラは鼻歌を歌い出しそうなほど喜んでくれている。そんな彼女を見ていると心が和む。
「実はね、先ほどの話し合いの結果、とある調査のためにモーリアさんの領地に行くことにしたのよ」
「いいなー! モーリーの家の領地は綺麗な森があって、そこには美味しいキイチゴがたくさんあるらしいです! 私も一緒に行きた~い!」
ディディエから聞いた話を嬉しそうに教えてくれるサラは頬を赤く染めて、目は少し潤ませている。その横顔はまるで、恋する乙女だ。
(ディディエと話していた時も今みたいに頬を赤くしていたからもしかしてと思ったけれど、やっぱりディディエに片想いしているようね)
まさかシナリオが終わってから攻略対象に惹かれることになるなんて、私がシナリオを変えたからこうなってしまったのだろうか。
(ヒロインが恋に目覚めてくれたのは嬉しいけれど、ディディエにはすでにフレデリクがいるのよねぇ……)
表立って付き合っているわけではないが、ディディエとフレデリクはお互いを大切に想っている。
サラの恋を応援してあげたいのはやまやまだが、フレデリクたちの仲を引き裂くようなことはしたくない。
「その調査って、モーリーも行くんですか?」
どうしたものかと悩む私に、サラが好奇心いっぱいに目を輝かせて聞いてくる。
「ええ、一緒に行って、案内してもらうことになったわ」
「あ、あの……ジーラを護衛に連れて行きませんか?」
「ジーラって……ジラルデさんのこと? 確かに彼は騎士だけど、王国騎士団の騎士だから私たちの調査に同行してもらうことは難しいと思うわ」
突然出てきた名前に、私はポカンと口を開けてしまう。
サラは周囲にさっと視線を走らせると、自分の口元に手を添えて私に耳打ちしてきた。
「実は、学園にいた頃からモーリーとジーラは付き合っているかもしれないと思っていたんです。だから、少しでも二人が一緒にいられるきっかけを作ってあげたくて……!」
「……っ?!」
まさかサラが知っているとは思いもよらなかった。
突然持ち出された話に、私は思わず息を呑む。
(そ、それじゃあサラはディディエが好きだけど、二人の恋を邪魔しないように見守っているってこと?)
もしそうなら、なんて健気なのだろう。
サラにかける言葉が見つからず、茫然とする私を見て、サラは水色の瞳を微かに揺らす。
「あのっ、このことは誰にも言わないでください! みんな気づいていないみたいだし、もしも知られたらモーリーとジーラは一緒にいられなくなってしまいますから、そっと見守ってもらえませんか!」
サラは慌てて私の両手をぎゅっと握ると、目に涙を浮かべて言葉を連ねた。
きっと、貴族の私がディディエとフレデリクの仲を良く思っていないと思ったのだろう。
ノックス王国では同性同士の恋愛はよしとされていない。
もし私が二人の仲をそれぞれの家の当主に伝えれば、両家は家の名誉のためにも二人を引き離すはずだ。
「少し驚いて、言葉が上手く出てこなかったの。誰にも言わないわ」
「本当ですか? モーリーとジーラを叱ったりしませんか?」
「ええ、二人を傷つけることはしたくないもの。だけど、他の人はこの話をどう思うかわからないから、今後は人に話さないようにね?」
「わかりました。気をつけます」
私はポケットからハンカチを取り出して、サラの目元を濡らす涙をそっと拭う。サラはえへへと照れくさそうに笑いながらもじっとしていた。
同級生たちの恋のために必死になるサラの心の優しさや真っ直ぐさが、卒業してからも変わっていなくて良かったと思う。
「実は私、リュフィエさんがモーリアさんに想いを寄せているのではと思って聞いてみたのだけれど……違ったようね」
「モーリーは大切な友人で、恋愛感情はないですよー! どうしてそう思ったんですか?」
「モーリアさんを見た途端に頬を赤くしていたから、そう勘違いしてしまったのよ」
「あ、あれは……せんせーが来る少し前にモーリーとジーラが二人きりで会っていたから、どんな話をしていたのか気になって……」
「……はい?」
サラは頬を赤く染めると、両手の人差し指をつんと突き合わせて気照れくさそうに下を向く。
「二人で微笑み合っていたとか、愛を囁き合っていたとか、想像してしまうんですよね。それでちょっと、平民の間で流行っている男性同士の恋愛小説に出てくる恋人らしい場面も想像してしまって、顔が赤くなってしまったんです」
「そ、そうなのね……」
私は声が震えそうになるのを必死でこらえた。
前作のヒロインが腐女子になっていたなんて、誰が想像できるだろうか。