03.夫の牽制
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私とノエルはディディエの案内で宮廷魔術師団の施設内にある応接室の中に入った。
すでにルーセル師団長とブレーズ様が来ており、ルーセル師団長はテーブルの奥にあるソファ、ブレーズ様はテーブルの左側にあるソファに腰かけている。
私とノエルがブレーズ様の差し向かいにあるソファに腰かけると、ディディエはブレーズ様の隣に腰かける。
「本日はお時間をくださってありがとうございます」
ノエルが挨拶をしてにこやかに微笑むと、ルーセル師団長とディディエはにこにこと笑みを返す。
一方でブレーズ様はビクリと肩を揺らしたが、すぐに姿勢を正した。
(ブレーズ様の反応、ノエルに怯えているように見えるのだけど……気のせいかしら?)
ブレーズ様の表情を窺おうと視線を移動させたその時、ノエルが私にずいと顔を近づけてきた。そのせいで、視界がノエルでいっぱいになってしまう。
「ノ、ノエル? 急にどうしたの?」
「愛する妻の顔を見たくなったんだ」
ノエルはうっとりと瞳を蕩けさせて私の頬にキスをすると、私の耳元に顔を寄せてくる。
「それに、モーリア卿がまたレティに懸想しないように釘を刺しておきたくてね」
と、耳打ちしてきた。
ノエルはまだブレーズ様が私に惚れていると勘違いしており、そんな絶対に起こりえない事態に備えているようだ。
大切な話をしに来ているのだから、話に集中してほしいところ。
「もうっ、早く本題に入りましょう」
私はノエルの頬に両手で触れ、ノエルの顔をルーセル師団長とブレーズ様たちに向ける。
私たちの一連のやり取りを見ていたルーセル師団長がコロコロと笑う。
「ファビウス卿はファビウス侯爵夫人への愛が深まる一方ですな」
「ええ、毎日妻の愛おしい瞬間を見つけては、私と結婚してくれたことに感謝しています」
ルーセル師団長の相槌に、ノエルは更に話を続けようとする。このままでは小一時間はこの話題になってしまいそうだ。
「あ、あの! さっそくですが資料をご覧ください!」
私は魔法でユーゴくんとメアリさんから借りた歴史書を取り出してテーブルの上に広げた。
「その昔、女神とグウェナエルは王国各地を旅して、訪れた場所に聖遺物を残していますよね。実はその聖遺物が、ルドライト王国にも残されていたのです」
私の言葉に、ディディエとルーセル師団長とブレーズ様から動揺する声が聞こえてきた。
「女神とグウェナエルが異国に行っていたとは初耳ですな。残されていた聖遺物は何だったのですか?」
ルーセル師団長が問いかけてくると、ノエルが小さくしていた月の槍をジャケットのポケットから取り出す。
ノエルは魔法の呪文を詠唱し、槍を元の大きさに戻した。月の槍はノエルの魔力を受けて、美しい装飾が施された姿になっている。
月の槍を見たディディエとルーセル師団長とブレーズ様が、ほうっと感嘆の息を零した。
「ルドライト王国に残されていたのは、月の槍です」
「月の槍って……悪夢を見ないために唱えるおまじないに出てくるあの武器ですか?!」
ディディエが瞠目して問うと、ノエルは小さく頷いた。
「ああ、ルドライト王国の国王の話によると、この武器は月の槍と名付けられ、ルドライト王国の王族に代々伝わっていたらしい。――だからおまじないの中にある他の武器も、どこかにあるのではないかと推測している」
「……なるほど」
先ほどまで静かに話を聞いていたブレーズ様が口を開いた。
「次は宵闇の棍棒を探しているから、うちの領地に保管されている聖遺物の棍棒を調べたいということですね。いつでも調査に来ていただいても構いませんが……うちの領地で保管されている棍棒はこの月の槍とは違って装飾がないので、宵闇の棍棒ではなさそうです」
「領地への訪問にご快諾ありがとうございます」
ノエルは眩い笑顔でそう言うと、ブレーズ様に月の槍を差し出す。
ブレーズ様が戸惑いながらも受け取ると、月の槍はブレーズ様が触れた瞬間に簡素な槍に姿を変えた。
「月の槍も私が触れる前はそのような見目でした。まずは触れてみないとわかりません」
「これはいったい……なぜ、ファビウス侯爵が触れると武器の姿が変わるのですか?」
「私の魔力に反応しているようです」
「それはどういう……」
ブレーズ様は不可解そうに首を傾げているが、ルーセル師団長は「なるほど」と納得したように呟く。
「ファビウス卿の魔力は特殊なのですよ。――その調査、ぜひ私も同行させていただけますかな?」
ルーセル師団長はノエルがノックス王国の王族に受け継がれる月の力を持っていることを知っている。
先ほどのノエルの話を聞いて、武器たちとノエルのもつ月の力の関係に気づいてくれたようだ。
「……かしこまりました。いつ頃調査に向かいますか?」
ブレーズ様はまだノエルの魔力について釈然としない表情だが、深くは聞かなかった。
もしかすると、あまり探りを入れてはいけない領域の話だと判断したのかもしれない。
「それでは、来週伺います。ルーセル師団長はご予定いかがですか?」
「うむ、問題ないですぞ」
こうして、私とノエルとルーセル師団長は、モーリア伯爵領にある聖遺物の棍棒を調査する許可を獲得した。
「調査の間、モーリア卿がレティに言い寄らないよう牽制し続けなければ……」
隣でノエルが不穏な呟きをしているので、今から不安でならない。