閑話:謎が深まる(※ノエル視点)
ルドライト王国に来てから一週間が経ち、ノックス王国に帰る日を迎えた。
朝食を終えて帰り支度を終えた私たちは、王宮の前に停めてある馬車の前でルドライト王国の人々に別れの挨拶を交わしているところだ。
「国王陛下に王妃殿下、改めましてこの度は親善交流を受け入れてくださってありがとうございました」
私は国王陛下と王妃殿下のもとへ行き、改めて今回の親善交流で世話になった礼を言った。
王宮に滞在させてもらっただけではなく、二人は今回の親善交流のためにあらゆる視察や交流の準備をしてくれたのだとルドライト王国の宰相から聞いた。
政務に追われて多忙であるのに、二人で何度も打合せをしたらしい。
「礼を言うべきなのは私たちの方だ。息子のためにここまで来てくれたこと、感謝する」
「私たちはこの恩を永遠に忘れないわ。なにかあればいつでもルドライト王国に来てちょうだい。移住も大歓迎よ。じつはここ数日、貴族たちが謁見に来ては、ファビウス卿に移住を勧めてはどうかと言ってくるのよ」
「そうだったな。爵位と領地を用意しておくから、いつでも言ってくれ」
国王陛下と王妃殿下は口々にそう言うと、朗らかに笑った。
その微笑みに裏は無く、本心でそう言ってくれていることが分かる。
「ありがとうございます。そう仰っていただけるなんて光栄の極みですが……まずは妻の意見を聞いてから考えます。私は妻の想いを全て尊重したいのです」
レティが望むことは全て叶えたいし、逆にレティが望まないことはしたくない。
聞いてみるとは言ったものの、レティの答えは予想がついている。
きっとレティはこれからもノックス王国で過ごし、教え子たちが活躍する様子を見届けることを望むだろう。
レティはいつだって、生徒たちや教え子たちを気にかけているから――。
(それに、アロイスのことは特に気にしているからな……)
これからもアロイスの成長していく姿を見ていくつもりだろうから、ノックス王国から離れたくはないだろう。
私は振り返り、レティを見つめる。
レティはナタリスの頬を撫でているところだ。ナタリスとの別れが惜しいのだろう、寂しそうに眉尻を下げている。
「じゃあね、ナタリス。体に気をつけてね」
「キュー……」
そう言い、レティはナタリスを抱きしめた。
レティに抱きしめてもらえるなんて、心底羨ましい。
(馬車に乗る前に私もレティを抱きしめよう)
これから数時間はレティと別々の馬車に乗ることになる。レティが近くに居ながら言葉を交わすことも触れることもできないなんて、なんとも耐えがたい時間だ。
私の視線の先を見た国王陛下が声を上げて笑った。
「ファビウス卿、もしかしてまたナタリスに妬いているのか?」
「ええ、妻を盗られてしまってすっかり妬いています」
「筋金入りの愛妻家だな。ナタリスは子竜だから許してやってくれ」
国王陛下はそう言うが、ナタリスはレティに竜式の求愛をしたことのあるからどうしても警戒してしまう。
「そう言えば、ナタリスから気がかりなことを聞いたからファビウス卿に伝えておこう。最近、オリア魔法学園付近で不気味な気配を感じ取ったから、学園で働くファビウス侯爵夫人のことが不安だと言っていた」
「……不気味な気配、ですか」
私は思わず振り返り、国王陛下の顔を見た。不気味な気配と聞いて、あの黒い影のことが脳裏を過った。
妖精のジルがあの黒い影の気配を感じ取るように、獣人であるゼスラ殿下もまた感じ取っているようだ。
「ああ、学園の中に入る訳にはいかないから不吉な気配の正体を突き止められなかったそうだ。気になってゼスラに聞いてみたら音楽祭で黒い影が現れたそうだ。その黒い影がとてつもなく不気味な気配を漂わせていたと言っていた。ミュラー殿が黒い影に襲われそうになって以来、バージル殿下の呼びかけで生徒たちだけであの黒い影について調べているようだが全く何も掴めないらしい」
「生徒たちが調べているとは……教えてくださってありがとうございます。生徒たちに安全のためにも妻に話しておきます」
もしかするとレティの目の届かないところで生徒たちがあの黒い影と対峙することが起こり得るかもしれない。
レティを不安にさせたくないが、不測の事態に備えてレティに話しておこう。
「実はその黒い影についてだが、初代の月の御方――グウェナエルがこの地に来た時にも一度だけ現れたことがある。当代の国王の手記によると、その黒い影はグウェナエルに襲いかかったが、女神が黒い影を抱きしめてまじないを唱えると離れていったそうだ」
「……!」
国王陛下の言葉は俄には信じ難いが、嘘を言っているようには見えない。あの黒い影はノックス王国の建国以前から存在していたというのか。
私たちの目の前に現れたのはここ数カ月前のことだったから、そんなにも古くからいたとは想像すらできなかった。
「その手記にまじないの言葉は書かれていましたか?」
「ああ、書かれていた。『月の槍と、闇夜の棍棒と、星の剣、月の槍と、闇夜の棍棒と、星の剣。今は誰の声も聞かずにゆっくりとおやすみ』と唱えていたそうだ。先日、ファビウス卿とファビウス侯爵夫人が話していた聖遺物の名前があるのだが、なにか知っているか?」
「……そのまじないは、ノックス王国では悪夢を見ないために唱えるものです。女神はどうしてそれを黒い影に唱えたか気になりますね」
そして、もう一つ気になるのは、女神と全く同じ行動を理事長がとったことだ。
音楽祭で黒い影が現れた時、理事長はすぐに動いてまじないを唱えてレティを助けた。
(レティの話によればペルグラン公はゲームとやらの続編の黒幕と言っていたし、やはり黒い影について何か知っているのだろう。探りを入れたいが、簡単に情報をくれるとは思えない)
レティから聞いたゲームの中のペルグラン公は自身の目的のために黒い影を呼び寄せたそうだから、この世界のペルグラン公も同じ理由で呼び寄せたはずだ。きっと少しでも探りを入れたら警戒するだろう。
ノックス王国に戻ったら、グウェナエルと黒い影についてユーゴとランバート博士に調査してもらうしかない。
(早く解決して、レティの憂いがなくなればいいのだが……)
私は視線を再びレティに移す。レティはまだナタリスを抱きしめていた。
ナタリスはすっかりレティに甘えており、レティの頬に何度もキスをしている。
「……さすがにくっつきすぎだ」
私は国王陛下と王妃殿下に礼をとってから早足でレティとナタリスに歩み寄り、迅速に二人の間に割って入った。
家の用事で更新が遅くなってしまい申し訳ございません…!
そして黒幕さんのお知らせがあります。
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電子書籍版もよろしくお願いします。