12.ナタリスに必要なこと
ルドライト王国での滞在三日目のこと。
視察を終えてルドライト王国の王宮に戻ると、空からナタリスが降りたって出迎えてくれた。
「クェェェッ!」
ナタリスは私の腕に自分の頭を擦り付けて「撫でて」と強請ってくる。
背丈は私よりもうんと大きくなったのに、まだまだ甘えん坊で可愛い。
「ただいま、ナタリス。今日はずっと王宮にいたの?」
「クエッ」
ナタリスは私の言葉がわかったようで、こくこくと頷く。
今朝、ゼスラが国王陛下と王妃殿下にナタリスを紹介した後、ナタリスは彼らに少し遊んでもらっていた。
ドラゴンはきらきらと光るものが好きなようで、国王陛下が魔法石を空に向かって投げると見事な俊敏さでキャッチしていた。
(宝石と同等以上の価値を持つ魔法石を投げて遊ぶなんて、初めて見た時はカルチャーショックを受けたわ)
王妃殿下の話によると、ゼスラも幼い頃にそうして遊んでもらったらしい。
それから私たちは視察があったから出かけたのだけれど、その間もナタリスは王宮にいたようだ。
国王陛下も王妃殿下も竜人だから、一緒に居て楽しいのだろう。
「ナタリスのことで、ファビウス侯爵夫人に話しがある」
国王陛下は私たちに歩み寄ってそう言うと、ナタリスの背をポンポンと叩いた。
「昼間にナタリスと話して決めたのだが、ナタリスはしばらくここに残ることになった」
「え、ナタリスがルドライト王国に残る……?」
「実はゼスラからナタリスのことを聞いたのだが、この子は卵の頃に親から離されてしまったため、ドラゴンとしての礼儀を知らないのだ。このままでは一生、ドラゴンの仲間たちと暮らすことはできないだろう。かといって人間の世界で生きるのは酷だ」
ドラゴンは人間よりも遥かに長く生きる。
私たちはいつかナタリスと永遠に分かれる日が訪れるのだ。その後ナタリスは長い間、ドラゴンとも人間とも相容れない生き物として生きることになるかもしれない。
最悪な事態になると、どちらかに討伐される可能性もある。
「ナタリスはまだ幼いドラゴンの子だから、今からドラゴンの作法を教えればちゃんと身に付くだろう。そうすれば、この子にはドラゴンの世界で生きるという選択肢も得られる。だからしばらくはここでドラゴンの社会を学ぶことになった」
「クエッ」
ナタリスは国王陛下の言葉に相槌を打つと、前足を使ってぎゅっと私を抱きしめてきた。
ノエルとお揃いの紫色の瞳が、うるうると潤んでいる。
なんだか甥のエメが甘えてくるときのようで、思わずキュンとときめいてしまう。
「ナタリスは貴殿と離れて異国で過ごすことが寂しいそうだ。今まではどんなに離れていてもノックス王国の国内にいたからすぐに会えると思って、寂しくなかったらしい」
「ふふっ、そうだったんですね。どうりでいつもより甘えん坊だと思いました」
私は両手でナタリスの頬を包み、ナタリスの瞳を見つめる。
「ナタリス、ノックスでずっと待っているからね。楽しい思い出をいっぱい作って、帰って来た時に聞かせてちょうだい?」
「クエッ!」
ナタリスが私の肩に頭をグリグリと押し付けてくる。可愛いけれど、ナタリスの重さに私の体はバランスを崩しそうになった。
「ナタリス、そろそろレティを返してもらおうか」
ノエルの声が聞こえてきたかと思うと、ナタリスが私からベリッと剥がされてしまった。
そのまま私はノエルに抱きしめられてしまい、身動きがとれない。
「ノ、ノエルったら、どうしていきなりそんなことをするのよ?」
「どうしてだと思う?」
わからないから聞いているのに、ノエルはどことなく拗ねたような声で逆質問してくる。
そのままナタリスと睨み合いを始めてしまった。
私たちの様子を見ていた国王陛下は声を上げて笑い出した。
「ははっ、子竜を相手に大人気ないが、ファビウス卿がいかに愛妻家なのか思い知らされるな」
「あらやだ、あなたったら今になってわかったの? この数日間、ファビウス卿は隙あらばファビウス侯爵夫人を見て愛おしそうに微笑んでいたのに」
国王陛下と王妃殿下が微笑ましそうな表情で私たちを見てくる。
私としてはノエルを止めてほしかったのに。
仕方がないから、ノエルは放置してナタリスに声をかける。
「もしも寂しくなったら、いつでも会いに来てね?」
「キューッ!」
ナタリスは頭を縦にぶんぶんと振ると、体を屈めて私の頬にちゅっとキスをするような素振りを見せた。
「あらあら、竜には頬にキスをするような習性はないのだけど……もしかすると、ファビウス卿がそうしているところをを見て真似したのかもしれないわね」
王妃殿下がそう言うと、エリシャとリア、それに周りにいた城仕えのメイドたちがきゃあっと声を上げて私たちを見つめてくる。
周りの人に注目されてしまって気恥ずかしくなった私は、その場から逃げ出そうとしただけど、しがみつくノエルと頬擦りするナタリスのせいで逃げられない。
しかたがなく、両手で顔を覆って視線から逃れるしかなかった。
次話、ノエル視点です!