09.精霊が生まれる日
昨日に間に合いませんでした……!
頑張って本日分をまた投稿します!
ダルシアクさんとウンディーネがノックスを発った翌日の朝、ジルとミカが、今夜新しい精霊が誕生するのだと教えてくれた。
二人はその様子を見届けに行くらしい。
その話を聞いて、「私も見てみたいな」なんて言ってみたら、連れて行ってくれることになった。
◇
「ノエル、こっちよ」
「ああ、転ばないように気を付けてくれ」
私とノエルは真夜中の林を抜け、ラクリマ湖に辿り着く。
湖の周辺には無数の影があり、彼らの体は仄かな光を放っている。
ここに集まっている影の中で、人間は私とノエルしかいない。
辺りを見渡せば、人ならざる美形たちが並んでいる。
彼らはノエルの事が気になるようで、ちらちらと視線を送っては湖に視線を戻す。
ジルの話によると、精霊や妖精たちは皆、新しい精霊が無事に誕生する瞬間を見なければならないから余所見ができないらしい。
「あら、トレントもいるわ」
「指を差すな、愚鈍が」
トレントは迷惑そうな顔をしているが、隣に居てくれている。
なんやかんや言いつつ、私が精霊や妖精たちに悪戯されないように守ってくれているのだとミカが教えてくれた。
相変わらずのツンデレ具合だ。
「精霊はどのようにして生まれるの? 人間の世界には資料があまりないからちっとも想像できないのよ」
「自分の目で確かめろ。丁度、これから見られるだろうから儂に聞くな」
「ケチ」
ツンデレはそう簡単には教えてくれない。
仕方がないから、トレントの言う通り、誕生する瞬間を見て学ぶことにする。
「……不思議ね。誰が精霊がいなくなったことに気づき、新しい命を呼んでくれるのかしら?」
「女神様ですよ。この世界の均衡を守るお方なので、精霊がいなくなったらすぐに新しい精霊を誕生させるのです」
優しいミカは、私の呟きに答えてくれた。
隣にいるツンデレとは大違いだ。
ミカの話によると、新しい水の精霊が誕生する時に、もしかしたら女神様の姿を見ることができるかもしれない、らしい。
そのチャンスを逃すわけにはいかない。
だから私は、精霊や妖精たちに倣って湖の水面を眺めることにした。
湖には星空が映り込んでおり、キラキラと輝く光はまるで、宝石が沈んでいるようで美しい。
「おい、愚鈍。もうすぐで始まるから寝るなよ」
「立ったまま寝るほど器用じゃないわよ」
トレントは新しい水の精霊が生まれる気配を感じ取ったようで、湖をじっと睨む。
他の精霊や妖精たちもそわそわと落ち着きない様子になり、釣られて私もそわそわとしてしまう。
突然、ざあっと強い風が吹き、思わず目を瞑ってしまった。
瞼を通して明るい光の気配を感じ取り、目を開く。
「――っ」
空から一人の女の人が降りて来た。
両手を上に向けて水を掬うようにし、何かを持っている。
やがて彼女はそれを湖の上に落とした。
それはキラキラと輝く光の粒で。
湖に触れた途端に迸り、辺りは昼間のように明るくなる。
水面には大きな光る花の蕾が現れ、目の前でゆっくりと綻びてゆく。
まさに「幻想的」と言いたくなるような景色だ。
「もしかして、あの花の中から生まれるの?」
「そうだ。あの中に新しい水の精霊が居る」
柔らかな花びらが開くと、中で水色の髪をもつ少女が眠っている。
先代のウンディーネと面影が似ており、どことなく彼女を思い出させるけれど、新しいウンディーネの髪はすとんと真っ直ぐで、どことなく落ち着いた雰囲気を漂わせている。
皆が見守る中、ウンディーネは目覚めた。
ここがどこであるのかわからないようで、ぱっちりとした大きな目を動かしている。
そんな彼女の元に、空から降りて来た女性が近寄って話し掛けた。
「……ねぇ、トレント。あの方が――女神様なの?」
ウンディーネの隣に居る、光り輝く女性。
彼女の髪の色や目の色は特定できない。いずれも明るくきらきらと光っており、色を認識するのが難しいのだ。
「ああ、そうだ。女神様は新しい精霊に役割を教えているところだから話しかけるでないぞ」
「わかっているわよ」
女神様はウンディーネの頭を撫でて話し続けている。
やがてウンディーネが小さく頷いて湖の中に消えていくと、女神様は頭を動かし――こちらを見た。
きらきらと輝く目が、ノエルを見ている。
女神様の唇が開き、何か呟いていたが、その声は私たちの元には届かなかった。
やがて空から大きな鳥が現れて女神様を背に乗せると、二人は空に飛び立ち、雲間へと消えてゆく。
「女神様は、何を言っていたのかしら?」
輝く目はどこか悲し気で、それが気になった。
脳裏を過るのは、オリヘンの神殿で見た壁画。
もしかすると、男神の力を受け継いだノエルを見て、彼の事を思い出したのかもしれない。
夜空にはいくつもの流れ星が降り、それがまるで、女神様の涙のように見えてしまった。




